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日本科学者会議静岡支部主催
浜岡原子力発電所見学へ

                      5月21日(土)

 停止したという浜岡原発の見学会行く。

 学生の頃にエキストラのバイトをして、子連れ狼のロケで浜岡砂丘に来たことがあります。「懐かしい浜岡砂丘も見てみたい」ということも、今回の見学に参加しようと思った理由の1つでした。

 朝、5時40分の自宅を出ました。
 御前崎灯台を見学後に、11時からの見学会に参加しました。
 浜岡原発見学会の後には,近くの公民館で16時まで学習会がありました。
 学習会終了後に、浜岡原発の西側を覗いた後に、浜岡砂丘を見学しました。
 35年以上前の当時、初めてロケで浜岡砂丘を訪れたとき、「このような砂丘が鳥取まで行かなくてもあるんだ」と印象深かったのです。当時、浜岡原発は建設中のはずですが、記憶にはありません。宮城まり子の「ねむの木学園」も有名人の篤志家の学園として、当時話題になっていて、浜岡砂丘の近くにある学園を、ロケの合間に覗いた記憶があります。
 今回行って観ると、浜岡砂丘は、私の記憶にある砂丘より小さくなっているように思われました。その地から、浜岡原発が見えたり,風力発電の回転翼が8基も見えたりしていました。もし今、この地で時代劇をロケするとなるとかなり苦労しそうに思えます。「ねむの木学園がこの近くにあったはずだけど」と思って、地元に人に聞くと「確かにすぐ近くに「ねむの木学園」はあったが、今は掛川に移転した。当時の土地にはケーブルテレビの会社が建っている」とのこと。その地も、覗いてみました。
 さらに、桜ケ池という所も見学して、自宅に21時40分に帰宅しました。
 一気に1人で540km走破した。ガソリン代も含めて交通費だけでほぼ1万円かな?
 見学会は無料でした。科学者会議静岡支部のみなさんお世話さまでした。
 見学会で学んだことは、まだ十分自分の中で咀嚼出来ていませんが、反原発の思いは、ますます高まりました。

 なお、浜岡原子力発電所に従事している中部電力の会社員は800名。「協力会社員」(ようするに下請けの方)2000名だそうです。
 浜岡原子力館での説明の際、主催の日本科学者会議の方がリップサービス(?)でしょうか「中部電力浜岡原子力発電所の1号機2号機は、福島第一電力の営業運転よりも、後に営業運転開始し、現在は廃止措置中です。東京電力は、浜岡の原子炉よりも先に営業運転したにも関わらず、耐用年数を越えた原子炉を引き延ばして使っていました。中部電力の英断には敬意を表します。」と発言していました。

 浜岡原子力発電所の1号機と2号機はそれぞれ1976年、1978年に営業運転し、2つとも2009年運転終了し、現在廃止措置中です。ですから、今回運転を中止したのは、定期点検中で、すでに停止中の3号機に加えて、4号機が5月13日に、5号機が5月14日に停止した訳です。
 対して東京電力の福島第一原発は、1971年営業運転開始した1号機を始め、2号機3号機ともに、浜岡原子力発電所営業運転以前から営業運転していたにも関わらず、耐用年数を大きく越えて、原子炉の使用を引き延ばして運転していました。このことからも、あらためて東京電力のむちゃくちゃ振りが分かります。

 日本科学者会議の物理関係の方は、放射性物質について「おそれて こわがらず」という見解を持っています。含蓄のある言葉と思います。



首都高から。


由比の浜。


相良牧之原SAで少し休憩。
林間か、中学生の一団が。


トイレ近くに春の使者が。


相良バイパスを走ります。


御前崎港に続くヤシの木通り。


海鮮なぶら市場となぶら館だそうですが、今回はパス。


御前埼灯台に向かいます。


9時40分ようやく到着。
ライオンズクラブの韓国との姉妹提携記念碑。1980年建立。
奥は、「ふるさとの燈台」という歌の歌詞の碑。


海の東海道御前崎の碑。




先程の「ふるさとの燈台」という歌の歌詞のいわれ。


静岡県最南端の岬の碑。




沖合にも石柱が。
大潮の時は歩いて行けるのかな?




高台にある灯台まで登ります。


「地球が丸く見えるん台」だそうです。


無理すると丸く見えるような。


ここから海岸に見える波蝕台を左右に見ていくと、地層の向きが変わっていることが分かります。






灯台の真下に辿り着く。


すぐ近くに旅館や住宅街が。


御前埼灯台は1874年に設置。<灯台は「埼」だそうだ>


山口誓子の句碑。
碧の濃き灘 通り来し土用波


遷㚑塚(せんれいづか)


灯台の建設に功があったものをまつったもの。


丸山薫の文学碑。
おお 御前崎
ここの断崖で
海は二つに切られている
駿河の光と
遠江の風に


参観料200円。寄附金として徴収していた。運営は燈光会という社団法人だが、海保の外部団体だろうか。


木下恵介監督の映画「喜びも悲しみも幾歳月」をここでロケしたという碑。


ハマヒルガオ


この灯台の頭の部分が気になったのだけど、説明書きもなにもなかった。
戦争中、攻撃を受けた、とのことだが、それにまつわる物なのだろうか。


螺旋階段を登ります。


レンズの回転台に上がる所はたいへん狭い。


回転台。


メタルハライドランプ点灯装置 250W とある。


左の駐車場に車を停めた。


西側


波蝕台。


外側からランプを見る。




灯台入口の先に、再建している見尾火灯明堂があったようけど、ショートカットして入館したので、気が付かなかった。右奥の茶色の建物がそれである。


ソテツを真上から。


左手にグランドホテルが。
何か放送の声が聞こえて来て「津波の恐れが…〟」という声が。
登って来た方に聞くと「避難訓練をしている」とのことであった。


回転台の下の部分。
ここに水銀のプールが入っているようなのだが。


メタルハライドランプ点灯制御装置点検操作方法のマニュアル。




フレネルレンズ。








「手を触れないで下さい」とある。


時代を感じる空気窓。






それなりに人が来ていた。




道しるべに「ねずみ塚」とあり気になって行って見ることにした。
すぐ近いと思ったのだが。






ここを行くと普通の民家。
ユージン・スミスの「楽園への道」を思い出させる。




「椿の休憩所」とある。


「ねずみ塚」の場所を聞く。中学生も含めた町内一斉の避難訓練中であった。


避難所への避難の訓練もしていた。








防虫のペットボトルかな?


先程の避難所から200m程進んで


やっとそれらしい所に。
海坂の 藍の深さや 雁渡し の水原春郎の句碑。


横にねずみ塚。


ねずみ塚からの御前埼灯台。


このねずみ塚は伝説にしてはずいぶん新しい。


散歩中の地元の方に聞くと最近出来たものらしい。
このねずみ塚は、ねずみが僧を襲った(?)ときに猫に成敗されたねずみを弔ったといわれるもの。
2年程前に出来たものらしい。古い塚は見当たらない。処分されたのかな?
猫塚の方が有名で古い塚で、その猫塚との関係で出来たらしい。歩いてすぐの所の神社に猫塚はあるそうだが、時間がないのでパス。


海上殉難碑も建てられている。


遊歩道のコース上にさまざまな運動器具が。


眺望台。


風の通る道だそうだ。






遊歩道の右手はすぐ普通の住宅街。


鮮やかなお花々。


よく読めない句碑。
御前崎の この岩鼻よ 風を…



潮騒の像。彫刻としての作品としてはいまいち。
恋人の聖地とある。




夕日と風が見えるん台 だそうだ。




海岸に下ります。


ここを降りました。


遠くに御前埼灯台が。
時間が気になります。10時50分に浜岡原子力発電所集合です。


太陽電池を使った照明。


「地震・津波・避難」の看板が。
周辺の浜はアオウミガメ産卵指定地域だそうです。
国指定天然記念物。この近くに原発が。




地下水が湧いていました。
飲めないそうですが。


この時点で10時30分。
急がねば。


側壁のブロックが少し凝っています。


ここから椿の休憩所に上がれます。








ハマダイコンに大きなハナバチ?かな。


やっと駐車場へ。10時40分。




これは波の門という作品です。


サーフィンを楽しむみなさんを左手に見ながら浜岡原子力発電所に急ぎます。


正面に浜岡原発。


ぐるりと回って正門へ。




新エネルギーホールです。
10時50分に到着です。
他の方も集って来ました。後で聞くと名古屋や岐阜からの参加だそうです。


新エネルギーホールの内部。


浜岡原子力館前に集合です。






原子力発電所の見学用のバスが待っています。


案内役の西田さん。
ここから撮影禁止です。9.11以来警備が厳重になり容易に入構出来なくなったそうです。
バスに乗る際も、1人1人申込者と氏名年齢が一致しているか、免許証等で確認しました。
敷地の内外は、常に県警が常駐してパトロールしているそうです。
浜岡原子力発電所構内をバスから一度も降りず、ドアも開けられず、バスで一周しました。
全てバスの車窓から、停止した1号機から5号機まで見学し、車内で説明を受けました。


お疲れ様。
と言っても30分もバスには乗っていません。


原子力館での説明を受けます。


研修室へ。




やはり安全のアピールです。
東日本大震災を受けての安全対策をアピールします。




福島第一原子力発電所の事故の水位を詳しく説明しました.




非常用発電機の位置を示した図です。


この非常用発電機の位置が高いことを示しています。
対策として、その非常用発電機の排気口が屋根に付け替えられていました。


津波に対しての安全性をアピールしていますが。


今後の対策です。
しかし、これについてもさすが科学者会議のみなさん鋭い質問が飛びました。
質問が多く時間は大幅に伸びました。11時30分から12時30分まで。


浜岡原子力発電所が出来る前の航空写真。1965年頃。


2005年頃。


3号機原子炉建屋基礎。1983年頃。


3号機原子炉圧力容器。東芝の大きなマークが。1985年頃。


原子力館見学説明を受けます。




まず展望台に上がります。エレベーターからは原子炉実物大の模型が見えます。


左から5号機4号機3号機2号機1号機です。
右下は本部。


北側。あの鳥居は何かな?と思ったら、後で行くことになる桜ヶ池への鳥居です。


6号機も計画し作りたかったようです。


東側。新エネルギーホールが見えます。


西側。


北側をもう一度。


1階に降りて館内の説明を受けます。




まずはオーソドックスに原子力発電の仕組みについて。




燃料棒です。








実物大の原子炉の模型は燃料網が上下して映像が表れます。




放射能を閉じ込める5重の壁だそうです。




中央管理室の実物模型。


原子力発電所のコンクリートはこれだけ鉄筋が入っている、というのですが。


円形ドームでの上映は時間がなくてパス。


子ども向けにも飽きないように。






廃棄物は…〟




映像の地下500mへの旅。




防護服。


よりレベルが上がると。


必ずここを通ってチェックを受けるそうです。福島は機能していないでしょう。


福島第一原発もばっちり掲示されていました。


原子力館の入場者は福島原発の事故後にかえって増えたそうです。


郷土展示ホールも覗きます。




茶の生産地でもあります。


右上の写真は100年程前の油田小屋。牧之原から面江崎に来る途中に看板がありましたが、またの機会に。


2階の休憩場。


軽い昼食を摂れる所があり、みなさんが食事していました。


お土産コーナーもあります。


ミニ龜まんじゅう105円を1個だけ買いました。


県立松戸高校での物理の学習会で知った「ヘックスバグナノ」が、こむしROBOという商品名で630円で売っていました。
安いかな?


私は時間もなかったので持参したアンパン1個と自販機のコーヒーのみ。


新エネルギー館の外に展示されていたタービン類。火力発電のものです。




取水口を掘るときに使った掘進機の歯。


敷地の東側から浜岡原子力発電所を見学します。
3つ見えるのは取水口。


パトカーが出て来ました。このように絶えず警備しているようです。


車を駐車した所から100mほど歩きます。


あれ?冷却水の排水溝の近くに釣り人の姿が。
魚が集るようですが。
数人の姿が見られました。


土地は立ち入り禁止ですが、海は良いようです?


監視カメラもバッチリ。




「流速が速いので放水口に近づかないこと」とありますが。


風力発電機が3基。






放水口の水におっかなびっくり触ってみました。
外界と比べると少し温かいような。
こんなことで、原子力発電は地球温暖化に貢献出来ますかね。




放水口の出口に2人。どうやってやってきたのでしょう。






流木。


場所をかえて佐倉公民館で学習会です。避難所にもなっていました。
立派な公民館です。原発のおかげ?かな。


名古屋から参加した林名誉教授のお話。


物理学の立場で。












干潮のとき、御前崎灯台の近くの海岸に大断層が見つかった、という写真。


16時まで。
内容の濃いお話でした。


今度は、西側から浜岡原発を覗いてみようと個人的に移動しました。


右手が浜岡原発。左手が新野川。


西側から。この砂丘の土手が防波堤になるというのですが。












川を隔てた向こう側が浜岡砂丘のようです。






フェンスを覗いたら車が。
ドキッとしましたが、たまたまそこにいてこれから帰る所だったようです。














展望台から見えた鳥居。


牧場が。


すぐ浜岡砂丘でした。16時30分。


粗朶(そだ)木を建てて砂丘をコントロールできるようになったのは100年ほど前という。




砂丘入口の駐車場。


白砂公園というのがあり、こちらから回ってみようと思いました。


展望台。


8つの風力発電がよく見えます。




松露園だそうです。
このあたりもすべて砂丘だったと思いますが。




ひょうたん池です。かなり細い池。




砂丘に向かいます。




階段を登ります。








ひょうたん池方面。




やっと砂丘らしい所へ。


風紋も少し。




海岸に降りると荒れた感じ。バギーカーでも走ったのでしょうか?




この辺りでロケしたのかなあ?
正面の丘を越えると出発した駐車場がすぐでした。


アベックにはいいロケーションとは思います。


浜岡大砂丘という看板が。
正面が駐車場。


砂を少し採取しました。


波小僧の像。
天気を波の音から教えてくれるそうだ。


駐車場の戻ります。
17時になりました。


こんな園が出来ています。


お土産屋のマスコット?目がゴルフボール。


不安になって地元の人にここが30数年前に来た浜岡砂丘か確認してみました。
近くにねむの木学園があったことなど間違いないことが分かりました。


ネコがいっぱい。
あとで聞くところによる砂丘はそうとう貧弱になったようです。


キャンプ場。


ここにねむの木学園があったようです。


ケーブルTV。


波小僧の像が橋の欄干にも。


懐かしい場所も訪問し目的も達したので帰宅するつもりでしたが、少し気になった桜ヶ池に寄って見ようと急に思い立ちました。
その池宮神社の駐車場。


正面に例の大鳥居が。


池宮神社の正面の鳥居。


船が数隻倉庫に。祭礼に使うようです。


桜ヶ池。


本殿。




「おひつ納め」と入水した僧のいわれ。龍神伝説とも結びついているようだ。
江戸時代以前は、神も仏もいっしょくたです。


大きな鯉が。
















桜ヶ池というほどだから桜の時期はなおいっそう風光明媚なのでしょうか。


駐車場近くのお地蔵さん群。






この龍は地元の中学生が協力して作ったようです。
下にあるのがお櫃。


この龍も目はゴルフボールでした。


すぐ駐車場。17時30分に出ました。


出てすぐ横に立派な慰霊碑群。護国神社併設されているせいだろうか。


菊川インタ―に行く道で。田植えが始まっています。


「たこまん」というのが気になって寄ってみました。


たんなる饅頭の一つでたこは創業者が食べたたこの酢の物がおいしかったから、というだけのようです。
1つ買って、もう1つブッセを買っただけにしました。


また、牧之原SAで少し休憩。


電気自動車用急速充電器があるんだ。


21時40分に無事帰着。
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2011.05.21 Sat l 活動報告 l COM(2) TB(0) l top ▲

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