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管理人の主張
日本の原子力発電所は日本のバベルの塔
この主張は科教協ちばの見解ではありません。あくまでもこのブログの管理人の見解です。

                             4月10日(日)

 日本人は「単一民族」と思いこまされている人が多いせいか、右にならえの傾向が強い。「日本の多数社会はアイヌ民族やウチナンチューや在日をほとんど無視して来た。「出る釘は打たれる」の流れによって「社会性・協調性」が強調され、国際社会からは奇異の目で見られることも少なくない。なにしろ、お上に異を唱える主張をするとすぐ「右」<保守派>からやれ「自虐的だ」「アカだ」と言う少数の輩が出て来て、そのような輩の意見は少数意見にも関わらず、レッテルはりに反論し、異を唱える多数者の声が現れてくることは少ない。

「豊かさ」を保障する「装置」として原子力発電所の増設が推進されて来た。その「豊かさ」は多くの庶民にとって、実際は幻想であるにも関わらず、本当の「豊かさ」はごく一部のものが享受して来たに過ぎないにも関わらず、にである。
 原発に支えられて来た私たちの「豊かさ」を見つめていくと、日本の原子力発電所とは、日本のバベルの塔ではないか、と私には思えるだ。バベルの塔は崩れるべくして崩れたのである。

 私は中学3年で「放射能と原子力」という授業を少ない授業時数の中で実践して来た。今年度から中3も週4時間になり、「新指導要領」でも「放射線と原子力」という項目が設定され、3時間程の授業が「指導要領」上も実施出来るようになっているが。
 私の実践は、授業の最初に「原子力発電所に賛成か反対か」を問う。授業終了後にもう一度「この授業を受けて、原子力発電所に賛成か反対か」を再度問う。授業の中で、原子力発電所の抱えている問題点は扱うが、決して「原子力発電所は無くして行くべきだ」という主張はしたことはない。
 実際、最初の質問から授業後の質問によって、各クラス平均して数名が「原子力発電所には反対」という声が増えるだけである。クラスによるが、もともとから生徒の多くは原発反対で、「原子力発電所に賛成」は10名程の少数派であるのだが。
 生徒には、単に原子力の安全性を考えさせる授業にとどまらず、エネルギーの流れ全体から、原子力発電所の立ち位置を考えられる力を付けて行って欲しい、と思っている。
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