文化ホールから森のホール
火の鳥 わらび座公演
5月30日(土)
予定されていたこの日の体育祭は雨で中止。
日曜日に行く予定であった松戸文化ホールへ出かけた。「しあわせ・平和・いろいろ作品展」と銘打った千葉退職教職員交流作品展が行われていた。第3回展だそうだ。昨年は船橋で開催され、場所を変えながら、毎年開催しているらしい。松戸では初めてらしい。知り合いがたくさん出品されていて盛会であった。科教協ちばの会員の大村さんも出展していました。
本人が出品出しなくてもつれ合いや親戚の出品もいいらしい。私も出品しない?と言われたが、まだ退職してないんだけど。
隣の会場では、まだアフガン写真展をやっていて、受付の方に入場者を聞いてみた。2000人程入場したそうだ。土曜日ということもあるだろうが、会場には参観者がたくさんいた。
体育祭が予定されていたので諦めていた『わらび座の火の鳥』公演に行くことにした。松戸市森のホールにて。16時から上演であったが、時間を間違えて1時間程早く着いてしまった。A席3000円のチケットを買ってから西部図書館や松戸市歴史博物館で時間を潰した。歴史博物館では安藤(歌川)広重の東海道五十三次の復刻版(保永堂版)の展示があった。無料であった。7日(日)まで。改めて会場の東海道の地図を見て、東海道は名古屋は海を渡り、桑名に着き、そこから四日市、亀山、伊賀、甲賀を通って京都に行く道が東海道だったんだと認識。一昨年、亀山を訪問したのに、しっかり認識していなかったなあ、と思った。
さて、森のホールに向かい2階席のA席に。
手塚治虫の火の鳥はCOM連載中から、愛読していたが、鳳凰編も心に残っていた。それをわらび座がミュージカルにし、妹尾河童氏が舞台美術をデザインしたというので見てみたかったのだ。
私はウン十年も前に、漫画愛好家の集いで手塚氏に会って話をしたことがある。普通のオジさんという感じの大変気さくな方だった。アカハタ祭りでのまんがの実演や胃ガン手術後での歴教恊での講演もたいへん印象に残っている。自宅での葬式に行かせてもらった。ちなみに石森章太郎にも会ったことがあるが。
火の鳥公演は休憩なしで16時から18時まで。ストーリーは原作に忠実であった。演出と構成では、とくに茜丸と我王が2人が全く関わらない場面でありながら、速魚とブチを前に歌いながら新たな転機を決意する場面が印象に残った。全体的によく出来た舞台であった。
終演後のバックグラウンドツアーに飛び入りで参加。50人程参加。舞台装置責任者の説明と見学、その後に我王役の三重野葵くんが挨拶にきた。舞台装置については松戸演劇鑑賞会での搬出の仕事を何度か手伝っているので、だいたい知っていたが、回り舞台が人力であることに改めて感心した。また、速魚や茜丸が舞台装置を向こう側に飛び降りる場面では、予想通りマットが敷かれていた。私は舞台装置係の方に雪駄のことと主人公の我王役の方に、火の鳥を演じて、手塚氏のテーマに感じることは?という質問を2点。とくに後者では、我王役の三重野葵くんは26歳なのだそうだが、演じながら常に死とは何か?とか生きるとは何か?を考えさせられるそうだ。その中で精一杯演じることが生きること、と考えて演じているそうだ。女子高校生が20人程参加していて(馬橋高校演劇部だそうだ)いろいろ私くらいの世代は聞かないような質問をしていた。ブチが後ろ姿で胸をはだける場面は胸に何か付けているのですか?とか。
わらび座の公演は計10公演くらい見て来たかも知れないが、終演後はいつもロビーに出演者が挨拶に出て来るのだが、新型インフルエンザを考慮してこのところ取りやめているそうだ。
18時30分に帰宅した。



アフガン写真展。盛況だった。



県立西部図書館にこんなコーナーがあったんだ。今度じっくり研究してみよう。



森のホール。



バックグラウンドツアー

マットです。真っ暗な中でここに飛び降りのも練習が必要ですね。




発泡スチロールの銅鐸。

我王役の三重野葵くん登場。

火の鳥 わらび座公演
5月30日(土)
予定されていたこの日の体育祭は雨で中止。
日曜日に行く予定であった松戸文化ホールへ出かけた。「しあわせ・平和・いろいろ作品展」と銘打った千葉退職教職員交流作品展が行われていた。第3回展だそうだ。昨年は船橋で開催され、場所を変えながら、毎年開催しているらしい。松戸では初めてらしい。知り合いがたくさん出品されていて盛会であった。科教協ちばの会員の大村さんも出展していました。
本人が出品出しなくてもつれ合いや親戚の出品もいいらしい。私も出品しない?と言われたが、まだ退職してないんだけど。
隣の会場では、まだアフガン写真展をやっていて、受付の方に入場者を聞いてみた。2000人程入場したそうだ。土曜日ということもあるだろうが、会場には参観者がたくさんいた。
体育祭が予定されていたので諦めていた『わらび座の火の鳥』公演に行くことにした。松戸市森のホールにて。16時から上演であったが、時間を間違えて1時間程早く着いてしまった。A席3000円のチケットを買ってから西部図書館や松戸市歴史博物館で時間を潰した。歴史博物館では安藤(歌川)広重の東海道五十三次の復刻版(保永堂版)の展示があった。無料であった。7日(日)まで。改めて会場の東海道の地図を見て、東海道は名古屋は海を渡り、桑名に着き、そこから四日市、亀山、伊賀、甲賀を通って京都に行く道が東海道だったんだと認識。一昨年、亀山を訪問したのに、しっかり認識していなかったなあ、と思った。
さて、森のホールに向かい2階席のA席に。
手塚治虫の火の鳥はCOM連載中から、愛読していたが、鳳凰編も心に残っていた。それをわらび座がミュージカルにし、妹尾河童氏が舞台美術をデザインしたというので見てみたかったのだ。
私はウン十年も前に、漫画愛好家の集いで手塚氏に会って話をしたことがある。普通のオジさんという感じの大変気さくな方だった。アカハタ祭りでのまんがの実演や胃ガン手術後での歴教恊での講演もたいへん印象に残っている。自宅での葬式に行かせてもらった。ちなみに石森章太郎にも会ったことがあるが。
火の鳥公演は休憩なしで16時から18時まで。ストーリーは原作に忠実であった。演出と構成では、とくに茜丸と我王が2人が全く関わらない場面でありながら、速魚とブチを前に歌いながら新たな転機を決意する場面が印象に残った。全体的によく出来た舞台であった。
終演後のバックグラウンドツアーに飛び入りで参加。50人程参加。舞台装置責任者の説明と見学、その後に我王役の三重野葵くんが挨拶にきた。舞台装置については松戸演劇鑑賞会での搬出の仕事を何度か手伝っているので、だいたい知っていたが、回り舞台が人力であることに改めて感心した。また、速魚や茜丸が舞台装置を向こう側に飛び降りる場面では、予想通りマットが敷かれていた。私は舞台装置係の方に雪駄のことと主人公の我王役の方に、火の鳥を演じて、手塚氏のテーマに感じることは?という質問を2点。とくに後者では、我王役の三重野葵くんは26歳なのだそうだが、演じながら常に死とは何か?とか生きるとは何か?を考えさせられるそうだ。その中で精一杯演じることが生きること、と考えて演じているそうだ。女子高校生が20人程参加していて(馬橋高校演劇部だそうだ)いろいろ私くらいの世代は聞かないような質問をしていた。ブチが後ろ姿で胸をはだける場面は胸に何か付けているのですか?とか。
わらび座の公演は計10公演くらい見て来たかも知れないが、終演後はいつもロビーに出演者が挨拶に出て来るのだが、新型インフルエンザを考慮してこのところ取りやめているそうだ。
18時30分に帰宅した。



アフガン写真展。盛況だった。



県立西部図書館にこんなコーナーがあったんだ。今度じっくり研究してみよう。



森のホール。



バックグラウンドツアー

マットです。真っ暗な中でここに飛び降りのも練習が必要ですね。




発泡スチロールの銅鐸。

我王役の三重野葵くん登場。

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