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第62回日本アンデパンダン展から二子玉川
                  3月21日(土)


 昨年からは国立新美術館で開催されるようになった日本アンデパンダン展に女房と例年のように参加した。アンデパンダン展には学生の頃に1度きり出品しただけだが、その前から継続して鑑賞者として参加している。このところ、知り合いの近所の方から招待券をいただいて見に行っている。今回は土曜日にアートフォーラム『この時代・青年の生活と創造とアンデパンダン展』という企画があり、参加したくてこの日に行くことにした。参加後に両親の健康のようすも知りたくて実家にも寄る。途中、二子玉川で下車し食事した。前に東京ミッドタウンに行った際に食事した『平田牧場』のトンカツがうまくて、ネットで確認すると二子玉川にも店があることを知り、食事することにしたのである。


いつも六本木駅から歩き、正面入口から美術館に入るが、乃木坂駅から入館する。大手町で、千代田線への乗り換えまでけっこう歩くが、いつもよりはやく着いた。アンデパンダン展自体の開場の10分前には着いた。


10時に会場。今回初出品という知り合いの薮内さんがいた。


入口で、六本木駅から来る女房と待ち合わせていたがなかなか来ないので、一度会場を出て奇妙な作品?を撮影。作品として意味があるのかなあ?それとも自然へのアイロニー?を込めているの?
後で調べたら国立新美術館企画展のアーティスト・ファイル2009に出品している私と同世代の女性作家の作品。フランスを中心に活躍されているそうだ。『光合成の木』だそうだ。ズバリ私には共感出来ない作品。「地球環境を考える」というが植物に失礼である。


また、会場に戻る。昨年亡くなった敬愛する永井潔さんの遺作コーナー。永井潔さんは劇作家・演出家の永井愛さんのお父さん。


永井潔さんの自画像。


初出品者の合評会があって、ちょうど薮内さんの作品が合評されていた。
薮内さんは昨年、船橋の中学校を退職され、久し振りに創作した作品だそうだ。


この日のアートフォーラムにパネラーで出演する増山さんの作品。


新美術館すぐ近くのスパングルという店で食事し、また美術館に戻る。この日の新美術館は、私が今まで新美術館に来た中で一番人出が少なかったように思う。来館するとモネやピカソの企画展が開催されたりしていて、ものすごい人だったが、この日は土曜日にもかかわらず静かな美術館であった。






アートフォーラム会場の講堂側からみた竹林の中庭。


ライブラリー。


増山さんの怪しげな装置。


アートフォーラム13時30分開会。増山さん怪しげな装置を身に付けて出演。


日本美術会代表の根岸さん挨拶。


100名以上の参加者か。


増山さんの装置は、ヘルメットにあるビデオカメラが彼女の胸に付けたテレビに映し出されると言うアート。これを3月29日(日)に行われる予定の六本木パフォーマンスDAYでも実演し、路上パレードを行う予定だそうだ。






会場からの発言で薮内さんも。


二子玉川。下車したのは10数年振りのような気がする。ずいぶん様変わりして、現在も駅周辺が開発中である。その10数年前の駅で、偶然、日本美術会所属でアンデパンダン展に常連で出品されていた吉井忠さんに会ったことがある。吉井さんは5年程前に亡くなった。




平田牧場のお店にて。







実家に行く前に高島屋のデバ地下を覗くと、北海道物産コーナーが。


蟹工船がこのように弁当の命名に。うーむ。まあいいか。




アートフォーラムについて
アンデパンダン展として、時代を切りとる画期的な側面を持ったフォーラムであった。

心に留まったパネラーの発言から
ご飯や家がなくても公権力に捕まらないが、服を着ないと捕まる。なぜ?という発想からファッションをアートで表現するようになった。多様性が許されず、失敗出来る場が少なくなっている。(竹内さんファッションマルチチュード作家)
継続性から出発(森下さん現代美術家・評論家・画廊共同経営)
不況がアートを蘇生する(浅尾さん作家)

他のパネラーが話した内容は
荒川さん(青年美術家)が若者の経済事情と表現
増山さん(美術家・アートライター)がモダンアート自体の可能性について 若者の打たれ弱さについて
百瀬さん(日本画家・62回展実行委員長)は、製作自体がアートであって、アンデパンダン展に出品して行くことが繋がりを生み出す。
 というようなことを話されていた。

 パネラーのアーティストは、アートで表現する立場なので、話し方自体は決して上手とは言えない。増山さんは以外の男性陣は決して饒舌な話しぶりではなかったが、増山さんの話も含めて、さまざまな示唆に富む言葉があった。
 ただ、それぞれの話がうまく噛み合わないかのように思えたのが、少し心残りであった。
 荒川さんが若者たちの行きづらさと現代アートについて、問題提起していたが、あまりその点に直接話が関わることなく、現代社会と美術、創作活動とアンデパンダン展についての話になっていたように思われた。それは、それなりに意義ある論議であるが、『青年の生活と創造』という表題から、少し離れているように思えたのだった。

 私の実体験から、アートとはアーティストが生み出すものでは決してない。例えば棚田の芸術的価値を見ると明確であろう。棚田は生活の中で結果的に創られたもので、景観とか、棚田が生み出す新たな文化的な力を意識して創られたものではない。しかし、結果として棚田の持つ文化的な力は明瞭である。棚田を生み育てた力は名もなき庶民の力である。アートと意識しないアートがそこにある。そして、その力は時代を越える力をも持っている。
 伝統的街並、職人の一連の道具類も同様である。
 私たちは、時代を越える新たなアート(あまり好きな言葉ではない、芸術という言葉も良いと思わないが)を生み出すことが出来るのであろうか。

 今回のアンデパンダン展の感想
 昨年は東京都美術館から国立新美術館に移った最初の回であったので、インスターレーションも含めてインパクトが強かったが、今回少し落ち着いた感じがした。新しい息吹が着実に芽吹き出していることが感じられた。

 今までに何度も周りのいろいろな方から薦められているが、自分もいい加減にそろそろ、創作活動に加わらないといけないなあ、とまたもや実感した1日であった。
 2009年現在の出品料1万円(1点)は安くはないが。アンデパンダン展は無審査なので確実に出品できるけれども。

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2009.03.21 Sat l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲

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