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カタクリを観に
柏市逆井へ


                             3月31日(木)

 年度の終わりの日を自分への癒しのために年休をとり、カタクリを観に行った。年度末の慰労と災害報道を見ることへの精神的な疲れを癒そうとしたのである。
 カタクリ群生地は、私の知る限りでは、自宅から一番近くにあるのは柏市の逆井駅のすぐそばにある群生地である。
 今回でここに行くのは3回目である。一番最初に行った時も自転車で行った記憶があるが、今回も自転車で行くことにした。
 カタクリは私の一番好きな花の一つであり、年に一度は見ないと気が済まないのである。
 県内には、他にも泉公園等の群生地があるが、まだ私の未見の所もあるようだ。
 今年は時間も限られているので、一番手近な所に行くことにした。


常盤平駅北口の園地。
10数年前までは、鬱蒼とした薮だったが、きれいになっていた。


おもしろい道標?『新四国八十八體石仏大師道 酒井根村』とあった。ここは松戸と柏の市境である。


逆井駅に近づいて。


逆井駅東口。きれいになった。前に来た時は工事中だったような記憶が。


カタクリ群生地への案内。
この通りには自転車で行けないので、遠回りをする。


駅からすぐである。
あれっ?まだ咲いていない。
通りの人に聞くと「今年は遅い」とのこと。「サクラも遅いでしょ。」ということであった。蕾がととんどで、あと数日で咲きそうであるが。


カタクリ緑地と書かれた石碑のすぐ後ろに2つ可憐に咲いていた。


ピントが難しい。


坂を下ると、前に来たときにカタクリ祭りをやっていた会場となる空き地があるが、今年はこの土日のカタクリ祭りは中止だそうだ。


オオイヌノフグリが「私を観て」というように咲いていた。


柏市のマンホールの蓋。


逆井駅方面に戻ります。


向かいにある民家に咲いていたサザンカ。


斜面の上の方に少し咲いていたものが見えた。


逆井駅方面。
東武野田線は単線である。
この高架橋を通って帰路へ。


自衛隊の哨戒機が。
下総基地に戻るようだ。
数分ごとにこの辺りの市街地上空を飛んでいた。


清掃工場に隣接して見えた施設が気になって寄ってみようと道をショートカットして目指すが、何度も行き止まりに。ここも畑なのに行き止まり。


ようやく清掃工場へ。
建設反対運動が起きたりした南増尾の清掃工場である。


附属施設を観てみようとした。


また哨戒機が。この辺りは、畑も多く、のどかな市街地であるが、このように頻繁に飛行機が飛んだり、道が行き止まりの所が多かったりで、どうなんだろう。


柏リフレッシュ公園というんだ。


ところが、ここも31日(この日)まで閉館。計画停電の影響のようだ。
館内に職員は見えたが。


温水プール。




モクレン。


正面入口。


常盤平に戻り、生協に寄る道で。
パンダ保育園。ちょうど市の職員がいたので聞いてみたら、今日で閉園とのこと。
私の子ども達はここにお世話にはならなかったが、保育運動をしていたので、保護者の役員との交流もあった。
パンダ保育園と言う、ユニークな名前の保育園でるが、建物も取り壊しになるそうである。
パンダ保育園という名は、創立の頃が、パンダが初来日した頃だったからなのかもしれない。
窓に「ぱんだがんばれ」の垂れ幕が。


通りの前を通る度に「ユニークな名前だな」と思って来た。




複合施設になっていて、この施設も一時閉鎖なのだろうか。
パンダ保育園は廃園になる。保育の要望は高いのに。


子ども達は、まだ、在所していて、この日の終園まではいるのだろう。


斜向いが常盤平第二小学校である。


パンダ保育園の隣が常盤平浄水場である。
下総基地米軍機使用反対の市の看板がある。ずいぶん色あせたが。


ここは松戸市の市営の浄水場で、地下水から取水する。
先日の放射性物質汚染された県水道水の替わりに、乳児用の水を配ったのがここである。
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2011.03.31 Thu l 発見 l COM(0) TB(0) l top ▲
都内に行く
日本アンデパンダン展

                               3月21日(月)

 日本アンデパンダン展に行く。国立新美術館にて開催。東京メトロで乃木坂駅(この名前は好きでないけど)下車し通路を登ると目の前が美術館の裏口。
 アンデパンダン展鑑賞後に川崎市北部の実家へ行く。


八柱駅までのバスのドアにあった自衛隊員勧誘のチラシ。兵器の写真をレイアウトするよりも救援活動の画像を扱った方がよほど良いと思うのだが。武器よりも災害救援物資の充実を。


駅で福島県人会の方々が募金活動中。
この八柱駅で、先日、自主的に募金活動中の高校生から金を奪った犯人はまだ捕まらないのだろうか。


八柱駅のホームから見えた、離れの瓦屋根の崩壊。


松戸駅にはこのような東京芸術大学の関わるアートラインプロジェクトの作品が。


乃木坂駅の通路の広告灯は全て消えている。


エスカレーターは全てストップ。


国立新美術館裏口。


平日休館。開館時間は10時から16時まで。レストランの一部休業。エスカレーターの一部停止の掲示が。


美術館の来館者の総数は少ないようだが、この3連休のみの開館のせいか、それなりの人が来ていた。


アンデパンダン展へ。
本当に久し振りに700円の入場料払って入場した。招待券をもらうことの多かった私にとって、おそらく云10年振りの入場料を払っての入館。受付の人が恐縮していた。殆どの入場者が招待券だったらしい。
 一応全て見たが、知り合いの人を見落としたかどうかを確認するために事務局に行って、出品目録を見せてもらおうとした。事務局の女性の方に聞くと出品目録は計画停電と輸送燃料の問題で予定通りに印刷搬入ができなかったとのこと。明日届くらしい。また、地震の影響で、業者に頼まず、自分で作品を持ち込む予定だった出品予定者が10名程?出品出来なかったとのことである。今回、節電の関係で美術館側の都合での開館期間が短くなってしまった。会場を借りるだけで600万かかるそうだ。前年度も赤字だったが今年度はもっと大変になる、とのこと。今年度は3連休と土日のみの開催となりそうで、主催者である日本美術会にとって、大変な損失である。美術館側に会場費の借用料の返金を要求するそうなのだが。
出品料は2点まで13000円。1点のみは1000円。


作品の題名が置かれているのみで、ホームページのアドレスが書かれていて、「作品をホームページで見る」という出品者がいたが、この出品者の出品料はどうなるのだろう?


会場に船橋の薮内さんの姿が見えた。合評会をしていた。
三上満さんの姿が見られた。


トイレは、給湯停止。便座暖房停止。ウォシュレット給湯停止。エアータオル停止。照明の減光。
の掲示が。


毎年アンデパンダン展に来る度に制作意欲が湧く私なのだが、なかなか製作出来ない私。


営業停止のレストラン。


エスカレーターが動いていると、いつもは通れない階段を初めて使って1階へ。


この会期中の開催の各展覧会はたいへんな被害である。


ガラス屋根に残った雨の水滴をうまく芸術的に撮りたい、と思ったけど無理でした。
「放射性物質を含んだ雨」と題をつけたら、どうかな。
この天の影響の結果が翌々日に、水道水に現れたけれども。


東京メトロの表参道駅ホーム。駅の表示も点灯されていない。


田園都市線へ。


実家にて。
買わされてしまったという茨城産のホウレンソウと福島産のミニトマトをもらって帰る。
翌日家族で食べました。
2011.03.21 Mon l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
首都圏の地震の後遺症は続く
というより原発事故のことがあるから現在も進行中

                               3月19日(土)

 トイレットペーパーを中心に紙類が品切れ。パン類は、入荷はあるが早々と売り切れ。乾電池を中心に非常用の各種備品類も売り切れ。
 スーパーでは、入荷はあるようですが、早く購入しようと開店時間近くの朝が混むようです。
 計画停電や節電の影響で公共施設は閉鎖。イベントの中止。

 原発問題は深刻です。原発事故については、私も、正しくは「楽観視したい」と思っていました。
 私の周りの教職員もそうで、ガソリンが手に入らないことには悩んでいますが、原発問題に不安を抱えながらも、学期末の多忙な時期でもあり、積極的に情報を得るように努力しているように見えません。やはり「楽観視したい」と思っているのかもしれません。
 まさに、科学の出番です。年度末の授業後に生徒から「放射能って?」と質問されたりしますが、短時間で即答出来ることではありません。しかし、どのように年度末の限られた時間で、生徒に話そうか、と考えています。
 小学校では小学生なりに、中学校では中学生なりに、高校では高校生なりに、理解出来るように、かつ基本は「このような事態を理解する力をつけるためにも、学ぶことが大切なんだよ」という方向で、今後の対応のことも含めた話をして行くことが大切と考えています。

3月17日

朝。500mは続いたか?ガソリンスタンドへの車列。


スーパーにパンは入荷するが、すぐ売り切れてしまうようだ。
2011.03.19 Sat l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
千葉県内の地震被害

                          3月15日(火)

 松戸の地震被害は地域によって随分違うようだ。やはりと言うか予想通りと言うか、地盤の状況で揺れがかなり違い、地域によって液状化の兆候も現れている。
 実際に現地に調査しに行っていないが、情報によると東の台地の家々ではほとんど被害はないが、残念ながら、西の低地である古ヶ崎、栄町は屋根を中心に被害が多いそうである。
 千葉県内の地震被害は、旭市の津波被害は、もちろんのことであるが、千葉市美浜区磯辺、海浜幕張駅前、習志野の一部、浦安の埋め立て地を中心に液状化の被害がひどいようだ。


3月20日に出かけたときの鎌ヶ谷でのようす。
屋根と塀に被害が。
2011.03.15 Tue l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
松戸の地震被害

                          3月13日(日)

 日本共産党の三輪県議のチラシに松戸の地震被害が紹介されていたので、自転車で行ってみた。
 県立松戸高校のすぐ近くの千駄堀隧道の出口に40センチ程の段差が出来ていた。電信柱が傾き、液状化の現象も現れていた。県立松戸高校から歩いても行ける所である。
 ここは、谷津を埋め立てた所である。この隧道が出来て10数年程経っているだろうか。

 午後に地域の集りがあって「松戸市内でも場所によって瓦が屋根から落ちたという被害が出た」と聞いた。お年寄りの1人住まいの方から「日々の暮らしがやっとで、修理するお金もない」という声があるそうだ。
 むろん東北の被害に比べれば微々たる物ではあるが。

 帰りにスーパーを覗いてみた。非常食関係は売り切れ。交通機関が麻痺しているので欠品も多い。食品関係の棚の5分の1程は空っぽであった。
 3月11日の記事に「松戸の震度5弱は大き過ぎる数値なのでは?」というようなことを書いたが、松戸を全体的に見ると「震度5弱」と判断して良いのかもしれない。




2011.03.13 Sun l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
3.11 14時26分
松戸からの報告

 14時26分は、卒業式が終わって、私は午後は時間に余裕があったので、理科室で、若手のGさんに電流と磁界の実験方法や、授業の進め方を教示していて、だいたい終えて、ビデオでの演示方法を準備してあげていた頃であった。
 理科室で私は教卓でビデオ設置を、Gさんは椅子に座ってそれを見ていた。すると、Gさんが「地震?」というので、私は立って作業していたので気付かず、Gさんの所に行って座ってみるとゆれに気付いた。それが初期微動だったわけで、かなり長いことが分かる。それから、主要動がゆっくりと始まり、その揺れはしだいに大きくなって、Gさんは、ストーブの火を消した。それでも、ゆれはおさまらず、しだいに大きくなるようなので「避難しなきゃ」とGさんが言い出したが、私は時間的にそろそろおさまるのでは?とようすを見ていた。少しおさまったように、思えたが再び揺れが大きくなり出したので、理科室は1階で、すぐ外に出られたので、外に飛び出すことにした。放送でも避難の呼びかけがされた。後で考えたのだが、この行為は危険な行動だったかも知れない。まず、揺れがおさまるまで、室内で待機が原則だろう。しかし、言い訳かもしれないけど、少しおさまったのと、外にはすぐ出られる場所だったから外に避難したのである。
 外に出ても車や木々や、地面がしばらく揺れていた。
 揺れがおさまった頃に理科室に戻ったが、他の教職員が「まだゆれている」と飛び出して来た。部活動で外で活動している生徒もいたが、体育館での活動して生徒もいたので、外に避難させに行ったようだ。
 生徒はグランド中央に集めさせた。
 理科室に戻ると、他の出口から逃げたGさんと状況を見ると、理科室の棚の引き戸がそれぞれ10cmほど開いていた。棚の上に置いていたバット一組が床に落ちていただけであった。
 2人で、この地震を分析した。初期微動が長かったので、かなり遠くが震源と推定され、おそらく先日あった三陸沖の地震に近い所ではないか、と考えた。TVを点ける。やはり震源は、三陸沖のようだ。
 Gさんは生徒のようすを見に行って、プールの水が溢れて周りが水浸し、と言っていたので、そのようすを見に行った。確かに、水が溢れグランド側に滝のように水が流れていた。
 職員室に行って、カメラを撮りに戻った。
 職員室では机の引き出しが空いて、書類類が散乱していた。自分の机は大したことはなかったので、すぐそのようすを写真に撮って、プールへ。この間、何度か揺れがあった。
 プールに行って写真を撮った。まだ、生徒達には緊迫感がなく、笑い声も聞こえて来た。
 校舎に戻り、まず理科室のようすをもう一度確認。準備室に入ると、より棚から物が落ちていた。生徒の活動する理科室は物がほとんど落ちていなくて、準備室では物が落ちたりしていたのは、いいかな。気になる薬品類を確認したが、問題はなかった。もう一つの理科室も確認。生徒の活動する教室は扉のとが開いているのみ。準備室は頭骨標本が床に落ちていただけであった。ウシの頭骨標本は、もとから不安定であったのだが。頭骨標本を落ちづらい所に移動。薬品も確認。問題なし。校舎内の生徒の教室も回ってみた。事務室前に落ちてガラスの割れた時計が置かれていた。各教室は基本的には問題なし。吹奏楽で練習に使っていた譜面台が一部倒れていたのみであった。
 (後日、美術室の石膏像が倒れてほとんど像が破損したということを聞いた。)
 再び、1階に。余震が続き、プールに行って見ると、大きく揺れて波のように水が溢れるようすを観察出来た。
 理科室のTVを見ると、津波の映像が。「これはやばい」と実感する。
 何度も余震があったので、しばらく様子を見て、生徒は結局16時前に帰宅させることになった。生徒達も帰宅の頃には、1時間程待機の時間に何度も余震を経験したので、多少緊迫感を持ったようだ。
 校舎内を片付けたり、戸締まりをして退勤した。
 自宅に戻ると、洗濯機から水が溢れていたり、棚から書類や本類が落ちていた。食器が一部割れていた。女房はずっと家の机の下にいたそうだ。濡れた床を拭いたり、片付けたりで、1時間以上かかることに。
 それからは、ほとんどTVを見ることになった。
 松戸は震度5弱という報道であったが、私の実感は、それほどでもないのでは?とも思った。私は十勝沖地震を経験しているので、その時の方がよほど揺れが大きかったように思える。当時の揺れではTVが棚から落ちたり、本が殆ど床に落ちたのだから。
 関東地方にも被害が出たし、東北地方の津波の被害の状況がしだいに明らかになって来て、胸が痛んだ。
2011.03.12 Sat l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
松戸理科サークル3月例会報告       
                           3月2日(水)18時から
                           松戸市勤労会館

参加者は12名でした。


物作りは、かみつきへび。差し入れがいっぱい。


前に私は途中までしか出来ませんでしたが、今回はSさんの手も借りて、でこぼこのメタボかみつきへびですが、なんとか完成。製作者の性格が現れます。

授業検討は、小3の重さ比べ。
「形を変えても重さは変わらない」の実践の途中経過です。




松戸理科サークルの入門講座を開催します
6月15日(水)県民の日
9時30分から12時(実質は12時30分)を予定
場所は松戸市立殿平賀小学校理科室を検討中
参加費は100円(材料費)
内容は、小学校<低><中><高> 中学校 に分かれ、それぞれで『物作りと実験紹介』を中心に1から2の教材を紹介。

最終確認は次回例会で。

次回の例会予定
4月9日(土)14時から17時 松戸市勤労会館にて。

2011.03.02 Wed l 松戸理科サークル l COM(0) TB(0) l top ▲
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