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清水への旅 2

6月28日(日)雨後曇 東京は昼頃大雨だったらしい
 5時過ぎまで横になったが起床し、風呂に入ることにした。
 6時過ぎに私は散歩に行く。
 向かい見える観光船乗り場の浮き橋に行く。男女のグループが釣りをしていた。まだ釣果はないようだ。観光船乗り場は、夏に営業するようである。
 東海大学の水族館や博物館(昔私が小学校に勤めていた時に、修学旅行でここの水族館に来たことがある。25年程前の当時は、新しく、けっこう人気のある水族館だった)の周辺を回って7時20分に部屋に戻る。
 食事は8時から。アジがおいしかった(お袋はしょっぱい、と言っていたが)が、他は普通の朝食。
 私はトイレに行きたいので先に部屋に戻った。しかし、お袋達がなかなか部屋に戻らない。ようやく戻って来たら「コーヒーをサービスでもらって飲んでいた」とのこと。私ももらわなきゃ(この図々しさ)、と1階に戻って1杯飲んだ。おかわりも出来そうだが、時間もないので遠慮(珍しい)した。
 9時50分ホテルを出る。この少し前に雨が降り出す。
 三保半島を回る。9時55分に三保半島の先端の真崎灯台。
 三保飛行場を左手に見て(飛行場自体は土手で見えない。飛行機が何機か停まっているのが見えたが)、10時5分三保灯台へ。我が国の最初の鉄筋コンクリート作りの灯台。
 畑の中を御穂神社へ。昨日も車の中で見たけど、ガイドブック(山渓)に宝物館に羽衣の裂(キレ)があるというので気になって寄ってみた。
 お袋がトイレに行きたがったので、宮司の建物の奥に向かって「すみません」とトイレの位置を聞こうとしたら、すぐ左隣にあることが分かった。宮司の方が出て来たのでついでに「宝物館があるようですが?」と聞くと面倒くさそうに「どこのガイドブックを見たか、30年程前のガイドブックを見たのかも知れないけど、今はそのようなものは一切ないです」と怒ったように言って奥に入って行ってしまい「あの」羽衣の裂は?と聞く間もなかった。少々感じ悪い。
 茅の輪くぐりをお袋にさせて?神の道に向かって(羽衣の松に続いている)写真を撮る。
 日本平に向かう。その前にガソリンを入れる。日本平への道は100円程の有料道路だったが2年程前に無料になったそうだ。天気が悪いので景色は期待しないのだが、静岡へ抜ける道として走った。
 途中、清水や静岡の市街地が、薄らと見える所があったが、天気が良ければ景色が良いのだろう。頂上は案の定霧。
 静岡市内へ下って行く途中、静岡県舞台芸術公園というところがあった。
 静岡駅を左手に見て、駿府城を目指す。駿府城を見つけたが、周辺は一方通行のうえ、なかなか駐車場が駿府城の周辺に見つからない。30分程かかって、やっと少し離れた静岡市役所の駐車場を見つける。30分150円。より近い県庁の駐車場を何故解放しないのだろうか。静岡市役所はドームが上に付いたなかなか味のある建物である。
 そこから雨の中を15分程歩いて駿府城の東御門から入る。本丸堀を見て、徳川家康像のある本丸跡まで歩く。隣に徳川家康が植えたというみかんの木があるが、本当だろうか?
 雨の中,場内の広場で消防団が訓練をしていた。
 入口近くに戻って紅葉山庭園を見学。入場料は東御門見学も含めて300円。
 近代の趣向を生かした素敵な庭園であった。庭園を回り出した頃、少し雨が止み始めた。
 女房が警備員さんに「リュウゼツランの花が咲こうとしている」とのことで説明をいろいろ聞いていた。
 東御門の2階の展示物を見学。一通り見学して、私が車を駐車場に取りに行くことにした。東御門入口に14時待ち合わせることにする。その間、お袋達は館内のボランティアガイドさんの説明を聞いていることにした。
 急いで車を取りに行く。駐車料金600円。
 東御門前は一方通行なので、またもや城を1周することになってしまう。
 浮月楼に向かう。静岡駅のすぐ近くである。駐車場はどうかな?と心配したが入ることができた。ランチの時間は14時までで、15分過ぎていたので駄目だったが、同じ敷地内の「LIFE TIMEという喫茶店に入る」ということで駐車可能となった。
 隠居した徳川慶喜が散策したという庭園を見学。喫茶店は楽器も置いてあり、定期的にジャズのライブも開催する洒落た店だった。遅くなったが、ピザとコーヒー等で昼食。ピザが出て来るまで少し時間がかかったが味は良かった。食事後に庭園の残り半周を回る。
 雨はすっかり上がった。お袋がお土産を買いたい、というので近くのパルコに行くがなかった。パルコから地下通路を通って結局静岡駅まで歩く。
 静岡駅は、まだ少し工事中だが、どこの駅にも見られる屋外の屋根の付いた広場があって個性は感じられない。ただ、竹千代(家康の子ども時代)の像と家康の像があるのがそれらしいかもしれないが。
 静岡駅のお土産屋で買い物。
 登呂遺跡に。登呂遺跡は会館が建て替え工事中ということもあり、全体を見られる場所で写真を撮る。私はやはり小学校に勤務していた頃に来た修学旅行以来である。女房は初めて。このような住宅街の一角にあるとは思っていなかったようだ。静岡インターから帰路へ。
 足柄あたりから事故渋滞で時間がかかった。
 東名川崎で出る際にETC出口で引っかかってしまう。鮎沢PAでカードを抜いた後に反対に入れたようだ。高速走行中の間はカードを抜かない方が良いですね。
 22時15分に自宅に到着した。
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2009.06.28 Sun l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
清水への旅 1
                     6月27日(土)28日(日)

 叔母さんの住む清水へ女房と出かけた。
 叔母さんとは10数年振り?の再会である。実家でお袋を乗せて、東名を清水に向った。

6月27日(土)晴
 初めてETCを使う。土曜日であっても大都市近郊区間を走ることになるので計1500円かかる。東名は1000円だが、厚木までは別となり500円かかるようだ。ネットで調べてもETCの割引の計算が複雑でよく分からない。
 清水インターを降りてから、5年落ちのカーナビに郵便番号を入力し、叔母さんのお宅を探した。ところが、なかなかお袋の記憶のある所に着かない。いつも兄貴の車で連れて行ってもらっているコースとは違うらしい。お袋は「鳥居のある道、鳥居のある道」というのだが、それらしいものが見つからない。住宅街には、入っているのだが、雰囲気も違うらしい。少し戻ってみて、周りを走って、ようやく鳥居を見つけたようだ。結局、そのときは私には、その鳥居は分からなかったが、後で昼食に出かけた時には見つかった。15分程探し回ったことになる。カーナビの限界を思い知らされた。カーナビでは、だいたいの場所は分かるが、細かな所はきちんと地図で確認する必要があるということを。
 30分程、叔母さんのお宅でお話してから、叔母さんの紹介で近くの寿司屋に行くことにした。
 寿司屋は、魚竹寿司という。穴子寿司が売りだが、私はちらし寿司にした。寿司飯が甘いのが気になった。穴子には合うのだろう。女房の食べた「店長のおすすめ寿司」にあった穴子寿司を少し食べたがおいしかった。
 近くの草薙神社を覗いて見ることにした。お袋も行ったことがないとのことである。
 少し山沿いに走ると草薙神社。例のお袋の言う大きな鳥居はこの神社への参道の入口なのだった。
 草薙神社は、ヤマトタケルノミコトが、草を剣で切って、火から難を逃れた、という伝説をもとに、ヤマトタケルノミコトを祀った神社である。
 あの参道の大きなコンクリート製の大鳥居に比べると行って見ると思った程大きな神社ではなかった。入口の鳥居の横にヤマトタケルノミコトの像があった。
 この神社の関係する祭礼として、150年程前から行われている龍勢(流星)という狼煙の打ち上げが有名なのだそうだ。例年9月20日前後に打ち上げられるそうである。
 叔母さんの所に戻ると従兄弟(叔母さんの息子)が帰っていた。彼とも10数年振りの再会である。15時に、ホテルのある三保半島に向かう。

 三保半島に行く途中に、ふと、昔叔母さんが住んでいて何度か泊まったこともある清水の旧市街を訪問したくなって、お袋に道を聞きながら車で走ってみることにした。
 新しくなった清水駅を横切って、古い商店街を走り、線路を越えて、清水港近くの道を右に走る。この辺りに来たのはやはり10数年振りである。まわりは駐車場が増えて、なにかすっきりしたような感じになっている。すぐ近くが旧清水市役所である。今は区役所。
 再び三保へ向かう。
 途中、清水港船宿記念館、清水の次郎長の旧船宿の末広(移築)を見つけて覗いて見る。入館無料。次郎長は英語塾も経営したこともあるそうだ。16時まで。
 近くに清水の次郎長生家宅があるので、そこも覗いた。無料。長屋で、建家の真ん中の位置に小さな中庭がある。そこから奥は、次郎長が住んだ後の人が増築した部分だそうだ。この辺りの商店はシャッター街という感じである。
 三保の松原の羽衣の松へ。この地は30年以上振りだろうか?その時は天気の良い日で、青い空と松並木と海がきれいだったことを覚えている。この日は、晴れてはいたが、霞がかかっている。富士山は、東名を走っている時に雲の間に少し見えただけだったが、ここでは見ることは無理。
 ゆるやかな階段を登って土手を上り、浜辺に下りるとすぐ、羽衣の松。肝心のそのマツはかなり朽ち果てていて、補修されている姿が痛々しい。その手前のマツの方がそれらしく、羽衣の松と言う感じであった。今は、裏から見るのが絵になるのか、表に回ると、その痛々しい姿がいっそう目についた。30数年前には大きな玉砂利がこの松の近くまであったように思うが、砂利は100m程離れた海の方に少し見えるだけであった。引き潮ということもあるのかもしれないが、もう少しこの松の近くまで岸辺が来ていたような気もするのだが。
 羽衣の碑 エレーヌの碑(羽衣を踊ったフランスの女優の髪を埋めたという)を見て、ホテルに向かう。
 ホテルは三保リバーサイドホテル福田家。外観を見ると思っていたより小さいと思ったが、奥は大きく、中くらいのホテル。「バリアフリーのホテル」と銘打っている。後で分かったが、桂の湯等では、確かに車椅子でも入浴出来るように作られていた。フロントで応対した女将さんは左手が不自由そうで、脳溢血を患ったようなのだ。その関係でこのようなホテルにしたのかもしれない。(翌朝、向かいの福田、と表札の掛かった女将さんの家?に救急車が停まって、出て行ったのが気になって仲居さんに聞くと「大したことはないんですよ」と言っていたが)
 部屋からは、清水港やすぐ近くの東海大学の博物館も見えた。目の前は海水浴場でもある。天気が良ければ富士山も見えるであろう。お風呂は、4つあり、男女が時間で入れ替わるので4つ楽しめる。お湯は循環濾過の温泉だが、修善寺温泉からタンクローリー(5t)で運んだものだそうだ。風呂に入って19時から夕食。夕食は別室だが、離れの個室である。ワインが付いた宿泊サービスなので、生ビールを1杯だけ頼んだ。ワインはボトルなので持ち帰り出来る。食事の味はいまいちであった。
 部屋に戻って、少ししてから、もう1つの風呂に入り寝る。

2009.06.28 Sun l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
学童保育松戸市民フォーラム
                      6月21日(日)
 近くで行われた学童の集会に参加しました。


 「学童の入所人数が多くなり過ぎているから」という理由で、「小学校4年生以上の児童を退所させていこう」という市の動きがあります。これに抗して運動を進めて行こうと言うフォーラムです。「学童の入所人数を適正規模(70名以下)に押さえる」という方向性は正しいとしても「そのことによって4年生以上が入所できなくなるのはおかしい」というのが市民の思いです。行政が柔軟な対応をしていくことを要望したいです。







80名程の参加者でした。
2009.06.21 Sun l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
日本園芸生産研究所一般公開 ゆいの花公園へも
                      6月20日(土)

 昨年も行ったし、何度か時間の都合がつけば行っている日本園芸生産研究所の一般公開に出かけた。今年は例年より早い時間に出かけた。10時からであったが、10時前に着いてしまった。けれど、すでにたくさんの人。職員も配置されていて、見学は可能な状態であった。駐車場もどんどん埋まって行っていた。
 第7回だそうです。


受付にも多くの人。




このネネという品種の苗をいつも無料で配布してくれる。


ビニールハウスごとに野菜の展示。








カボチャのいろいろ。




昨年のように重量当てクイズ。当たるとメロンがもらえますが、なかなか難しい。発表時間まで間があるので今年は参加しませんでした。




トマトの一種です。




日本園芸生産研究所でもこのようなイベントをやっているのですね。


ピーマンのコーナー。


ピーマンはこのように色が変化するのですね。


ピーマンの花。




試食コーナーの棟。


生のピーマンを切って、即席の漬物のタレを付けただけでけっこうイケます。




ネーミングが大事ですね。


私は実はメロンは苦手なのですが食べられました。




ここで職員の方総出で下準備されていました。


露地のカボチャ畑。
ミニトマトの苗(ネネ)とピーマンの苗を頂きました。
園芸生産研究所は主に、メロン、カボチャ、トマト、ピーマンに特化したタネを扱っています。


恒例?のように近くの『ゆいの花公園』に寄りました。駐車場が舗装され整備されていました。駐車場も公園も無料です。




























駐車場の横が公園として整備されていてほぼ完成です。




市立病院の移転地が掲示されていました。




近くのユニディの花々。


タナゴがこんな風に売られていました。




生協に買い物にも寄りました。
生協の隣に完成した安全安心ステーション。




生協で、園芸生産研究所に展示されていたカラーピーマンが売られていました。
2009.06.20 Sat l 活動報告 l COM(0) TB(0) l top ▲
教科書展示会から教研集会
                          6月19日(金)

 東葛出張所で、今日から開かれている教科書展示会に行きました。何度か、行ったことがあるのですが、期末テスト中で午後の時間があったので「研修」で行きました。
 東葛出張所は、耐震工事中で、いつも開催されていた5階の会議室ではなくて、手狭な3階の会議室でした。


中学校理科の新学習指導要領移行教材のための副教材検討を期待したのですが「教科書ではない」ということで展示はされていませんでした。次年度使われる小学校の教科書が新しくなるので、主に大日本図書のものを中心に調べてみました。5・6学年から一部が選択教材になっているのが気に入らないですね。




中学の教科書では社会科の日本文教出版と自由社と扶桑社の歴史が展示されていました。とくに後者の2つの「新しい歴史教科書」は、つくる会の内紛とかで、図版等が違っている程度で、内容(とくに文章)はほとんど同じなのに、右傾的な内容を競っているような「教科書」です。自由社のものは口絵図版に戦艦大和をしっかり載せているし、右のものは扶桑社のものですが、両者とも「神話」を大きく取り上げていました。


組合の教研集会に。ちょうど始まったところ。


都留文科大学の佐藤隆さんの講演。
「フィンランドに学ぶべきなのは学力なのか」








中2理科(1997年調査)






家庭の貧困化。


講演中、スクリーンの横をネコが。


フィンランドの若者の意識。


フィンランドの小学校のある教室。
この話を聞いて、ある教師が「松戸で最近退職されたN教諭の教室のようだ」と感じたそうです。日本の教師もこのような環境を作っておられる方も少なからずいるのです。ただ、そのような教師は「管理職」から、「雑然としている」とか、嫌みを言われていたそうです。




フィンランドの子どもも、集団から離れて行動する子もいる。教師は無理に集団には入れようとしない。


まさに『安心安全な教育』ですね。

 講演を聞いて、日本の大人の学力観がおかしい。安心して暮らせ、将来の見通しが立てられる子ども達の環境を私たち大人がつくりあげていくことが大切と考えました。

講演後に佐藤さんに個人的に質問しました。
「フィンランドを含めた欧米では、資格社会なのかどうか」を漢字検定協会の話を絡めて質問しました。欧米は、学歴社会よりも資格社会で、どれだけ資格を持っているのか、が就職にも左右するとのこと。ただ漢字検定協会のような漢字や英語の資格はないそうです。もっと技能的なものが中心らしいです。もちろん「漢字何級や英検何級が入学試験の免除になる」ということもないようです。


会場の中部小学校。


講演が始まる直前に「秋の教研の推進委員に」と会場でTさんに言われてしまい?無視する訳にも行かなくて推進委員会議がこれからあるという教育会館へ行くことに。
教育会館に行く途中に見られた渦巻き上のものをつくる観葉植物?


秋の教研に向けての推進委員会に出席しました。

2009.06.19 Fri l 活動報告 l COM(0) TB(0) l top ▲
朝の虫達
           6月18(木)19日(金)

18日朝、車のドアに付いていた。
最初は何かと思った。大きさは両方(オス・メス)で2cmほど。



これなら虫と分かります。


突っついてみたので2匹が離れてしまいました。


オスでしょうか?役割を終えたのかな?

19日の朝。学校の物置に。
両触覚の全長は20cm近く。


今現在、両方とも名前を調査中です。

虫の活躍する季節ですね。
我家には夜に蚊が活躍してイライラさせられます。
でも殺虫剤は使いません。

2009.06.18 Thu l 発見 l COM(0) TB(0) l top ▲
2009年度第3回
事務局会議報告

今回は成田の食肉センター見学後に。

時 2009年6月15日(月)13時から

場所 成田市Y宅

2009.06.15 Mon l お知らせ l COM(0) TB(0) l top ▲
成田市での見学
食肉センターおよび稲の不耕起栽培水田

                 6月15日(月)県民の日

 千葉県民の日の15日に成田市に出かけました。


食肉センター全景。


2階に事務室があります。


作業上へ。ここからエアカーテンで遮断されています。


ここからの画像はショッキングな場面もあるので掲載しません。
ただ、小学生から『命の学習』継続的にやっていれば、食肉センターで学ぶ意義は大変大きいと感じました。
重労働でもあり、労働条件も決して良くない作業なので、もっともっと労働内容に見合った報酬があってしかるべき、と思いました。



慰霊碑。




Y氏の仲間達が3シーズン前から作業し出した不耕起を目指す水田。


上総堀で掘った井戸。


手作りの池。ザリガニを入れた訳でもないのにザリガニが下の田んぼから上がって来たそうです。


奥には畑が。この日(月曜日)は作業日で、Yさんの仲間達が8人程集って作業していました。元科教協ちば支部長の笠井さんも来ていました。


すぐ上を成田空港からの飛行機が飛んで行きます。意外に、音が大きくない。飛行機の騒音対策も進んでいるのでしょうか?


成田上水から栓を捻れば水が供給されるそうです。ただ、秋から冬は供給されないので、上総堀の井戸の水を使って常に水が供給し、不耕起栽培を実現したいそうです。


Yさんの自宅で事務局会議を開くため、昼食を買いにコンビニへ。成田山の塔が見えます。


Yさんのお宅で、田んぼで作業していた方々も昼食。ウィンナーの薫製を作っていて頂きました。


Yさんのお宅は江戸時代から醤油醸造を続けていた旧家。Yさんの世代で廃業さいたそうで、名残りが庭にいくつか見られます。醤油絞り船。


大きな釜や醤油樽。


石臼が石畳に。


窯の煉瓦跡。


裏山でタケノコを頂きました。


同行したGくんの松戸のお宅に送ってお茶を頂きましたが、ちょうどお母さんがバリ島旅行から帰って来たところで、お土産のココナツのお菓子を頂きました。
2009.06.15 Mon l 活動報告 l COM(0) TB(0) l top ▲
船橋文化ホールでのコンサート

                      6月14日(日)

 船橋市交響吹奏楽団のコンサートへ。ホールでは松戸よりマスクの姿が多かったです。


高架になった京成船橋駅。雰囲気が随分変わりました。船橋南口も少しずつ高層ビルが増えて来ました。


船橋文化ホールのロビー。


船橋市交響吹奏楽団のコンサート。
2009.06.14 Sun l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
母親大会+松戸理科サークル

                    6月13日(土)
 市民会館で行われた母親大会に参加した後に松戸理科サークルへ。

 母親大会 参加費500円
 「いのちの作法」ー沢内「生命行政」を継ぐ者たちー上映。400名参加。
 昼はデパ地下で弁当買って昼食。
 午後から「食の安全」分科会。25名参加。
 農民連食品分析センター所長 石黒昌孝さんの話。
 分科会をはしごし「子どもと教育」の分科会にも。
 終わり頃に勤労会館での松戸理科サークルへ。12名参加していました。

 松戸理科サークルの次回例会は、来月は7月1日(水)に18時からやはり松戸勤労会館にて。






伊勢丹への連絡通路にて。ここも鉄道スナップのポイントになりますね。


松戸市民会館。出来てから40年程経ちます。


13時15分から分科会。第4分科会。食の安全。『あなたの食卓は大丈夫?』安全・安心な食と日本の農業の分科会に出席。


会場が取れなかったのでロビー等を使って分科会を開きます。


アップルジュースの濃縮液。これを水で薄めてジュースにするそうです。


混入くず米とコシヒカリ。くず米には外米が入っているようです。


第5分科会。地球温暖化と私たち。舞台での分科会です。


第7分科会。平和の問題。


第1分科会。子どもと教育の分科会にも顔を出しました。


第2分科会。子育てと保育制度。


保育のコーナー。


松戸理科サークルです。


ゼリーカップを使った糸(ゴム)車。


松戸理科サークル会場の勤労会館の地下駐車場にて。
2009.06.13 Sat l 活動報告 l COM(0) TB(0) l top ▲
数寄屋橋訪問
                    6月7日(日)
 高校の同期会のSくんが来京するというので、毎年高校の同期会を開いている有楽町のニュートーキョーに、何人か仲間が集るので出かけました。
 少し早目に有楽町に出かけて、ニュートーキョー周辺と泰明小学校周辺を見学してみました。
 半年振りの仲間との話題は、健康(病気)や介護のことでした。というか私にとって印象に残った話題なのかもしれませんが。
2009.06.07 Sun l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
益川敏英さん講演

                         6月5日(金)
 益川敏英さんが千葉大学にやって来ました。
 かなり早目に自宅を出て、雨の中を西千葉へ。
 西千葉駅から目の不自由な、知り合いのKくんを見かけ、会場までエスコートしました。彼は武蔵野線を使っているので帰りもエスコートしながらいろいろ話しました。
 会場のけやきホールに近づくと18時前なのに長蛇の傘の列が。けやきホールには入ったことがないので、何席あるのか心配でしたが、多分座るくらいは出来るだろうと考えていました。
 18時開場。ホールに。席は確保出来たので、一度、会場を出て、けやきホールを見学しました。
 開演は18時30分からでしたが、何故か分かりませんが、遅れて18時42分からでした。会場は満席となり、通路にも人が溢れていました。年配の方も見られましたが、ほとんどが学生でした。この講演会は松戸にはほとんど紹介されていないので、参加者は千葉大周辺の方達だけでしょう。私は、千葉市に住む実行委員の息子から教えてもらったのです。もし、東葛地域まで宣伝したら、この5倍の人数は集ったかもしれません。後日の新聞には、第2会場もいっぱいで、550人以上集ったと書かれていました。実際は1000人以上か。入場出来なかった人も少なくなかったようだ。
 実行委員長挨拶、千葉大学長挨拶後に18時50分いよいよ益川さん登場。
 講演内容は

 まず、学問の自由ということで福沢諭吉の「自由といへどものりを越えず」とヘーゲルの「自由とは必然性の洞察である」を対比しての話。
 次にファーブルとパスツールの話。
 カイコの病気蔓延に対処するためにフランス政府がパスツールを中心にしたチームをファーブルの住む地方に派遣してファーブルと意見を交換しました。数十年も昆虫を研究してきたファーブルが病気に対して何も対処し切れなかったのに、初めてこの地方に派遣されたパスツールが2・3ヶ月のうちに病原(当時その病原体を確認する方法はなかった。これを益川氏はたばこモザイク病と言っていたように思ったけど、勘違いでは?調べると微粒子病菌ーノセマ-ポンビシス)に対する適切な対応をして、問題を解決することができたという事例を引用して、科学を学ぶとはどういくことかを話されました。パスツールは、その地方に行って初めてカイコというものを見て、カイコに対する前知識は何もなかったにもかかわらず、伝染病に対する基礎的な知識を持っているので、そのカイコの病気は何らかの病原がもとになって病気が蔓延している状況を予測し、それに対処する方法を知っていたので、適切な処置ができたのです。ようするに科学というものは「基礎さえしっかりとおさえられていれば、さまざまな問題に対処することが可能なのだ」ということを益川氏は述べていました。
 先日、発明工夫展に招待されて出かけて行ったそうで、作品はそれなりに面白く力作揃いだったそうですが、意見を求められて「なかなかいい作品が多かった、と言った後に、ただしこれらの作品は科学遊びであって科学ではないよ。もっともっと基礎を学んで科学に近づいていって欲しい。」と言ったら子ども達に膨れっ面をされたそうです。益川氏のこの発言に私は共感しました。
 研究者としての道を選ぶためには、まず、仲間と議論することが大切。また、具体的には益川氏は仲間とともに背水の陣として「教職課程を取らない」という手段をとったそうだ。さらに、院生の仲間と議論したり合宿で遊んだり(数学的遊びもしたそうだ)という体験の積み重ねが研究者への道を拓いていってくれたそうだ。
「ドンキホーテのようにロマンを抱いて真理の探求を」ということを強調されていました。
 質問に答えての話でも、専門分野の話等々たくさんのエピソードを交えて話されていました。
 時間を時々気にされていて少々話が飛んでしまう面も見えましたが、自信と確信を持って話された一つ一つの問題提起は、的確でした。

 司会やパネル質問会の進行に課題もあって、おぼつかないところもありましたが、担当者がまだ学部生ということで仕方ないところでもあります。
 質問コーナーは学生優先のなので私は質問を遠慮しました。
 時々見せるお茶目な表情。舌を出したり、自虐的なネタを言ったりするところに益川さんは愛嬌のあるキャラクターのノーベル賞受賞者として支持されるところです。
 ここ数年学生を指導する立場になって、学生と接する機会が多いという中で身に付けたものなのかもしれません。
 物理の専門分野のことを話す際は真剣そのものという感じでした。
 花束をもらってからも「学生や院生時代、周りには女っ気一つもなくて、学生と接するようになった最近ようやくこんな風に女性から花束をもらうことが多くなって感激している」という話も最後にサービスしてくれた。

 20時45分終演。
 サイン会の様子を少し見て、Kくんをまたエスコートして帰宅しました。カンパするのを失念してしまいました。参加費は無料でした。
 Kくんからは、視覚障害者の現状をいろいろ聴くことができました。

 
千葉大正門。            すでに長蛇の列です。

 
開場の18時になっても続々と人が雨の中やってきます。


けやきホールの席もどんどん埋まって行きました。前列から5番目の真ん中が空いていました。


千葉大九条の会のロビーにあったパネル。


席を確保してから、けやきホールの正面を撮りました。


ロビー2階から。


3階にある第2会場にも人が入り出しました。すでにホールは満席。通路にも人が溢れ出しました。


3階ロビーから。


ロビーのパネル。


ロビーのパネル。


満席のホール。


18時40分過ぎに開演。
実行委員長挨拶。彼女は沖縄出身だそうです。


千葉大学長も挨拶に。最後まで講演を頷きながら聴いていました。


益川さん登場。
開口一番は「益川です。御覧の通りチビです。」でした。






パネル質問会。


会場からの質問に答えます。


花束贈呈。


花束贈呈の感激を一言。



サイン会。


カメラ撮影会ですね。

 
人気がすごい。益川さんは心良く撮影の要望に応えていらっしゃいました。

2009.06.05 Fri l 活動報告 l COM(0) TB(0) l top ▲
クリント・イーストウッドはすごい
路上のソリストからグラン・トリノからレッドクリフPart?へ
でも結局グラン・トリノ

                6月1日(月)
 昔から知ってはいたが行く機会のなかった視点展へ出かけた。体育祭の代休日である。
 また、この日は映画の日であって映画を1000円で見られるので、何か見るつもりで考えていた。

 上野駅に降りたら、上野公園の入口あたりで「やけに警官が多いな」と思い「犯罪かな?」と思って交番近くに立つお巡りに聞いてみたら「天皇」が来るからとのことであった。何かを授与しに来るらしい。物々しい雰囲気であった。
 東京都美術館の視点展へ。600円。日本リアリズム写真集団は土門拳や木村伊兵衛も関わったことのある写真集団である。リアリズムを重視した作品群である。北辺のエカシはすごい作品だ。「私の青春時代ーS30年」という作品がいいのかな?と気になった。50年前の写真をプリントして組み写真にしているのである。アンデパンデン展と違って視点展は賞がある。しかし、その賞が目障りであった。賞が付けられたものは確かに力作揃いだが、賞が付いていなくても心に残った作品も少なくなかった。賞が作品名の横に付けられているとどうしても「賞を受けた作品」という目で鑑賞してしまう。アンケートにもその点を書いておいたが。
 気が付くとレッドクリフPart?上映時間が迫っていた。急いで有楽町へ向かう。

 当初は「路上のソリスト」を見るつもりでいた。しかし、評価が相半ばしているようなので気が進まなくなった。新聞の1面潮流欄にちょうどGM破綻に関連して「グラン・トリノ」の紹介がしてあったので「グラン・トリノ」にしようと考えた。しかし、どうせ東京の大型スクリーンで見るならもっとスケールの大きなものは?とも思っていた。この日、たまたま「黒部」という名称が気になってネットで調べてみたら黒部は『くれはとりべ』が転訛した言葉と知る。『くれはとりべ』とは呉服部のことである。今度は呉服?と疑問を持ち出した。そう言えば呉服と言う言葉はほとんど使われなくなって、今は和服専門店とか、和服屋と言うことが多くなったのではないかな?と考えた。すると、呉服ってどういう意味なのかな?と調べ出したら『呉』の国から来た絹織物という意味だそうだ。『呉』って?と今度は呉を調べ出したら、三国志の呉の国である。三国志を改めて調べていると赤壁の戦いが出ていて、そういえば「レッドクリフPart?」は赤壁の戦いを扱っているんだから「レッドクリフPart?」を見ようと考えたのだった。

 日比谷周辺は10年振りのような気がするがずいぶん雰囲気が変わった。「路上のソリスト」の上映館であるTOHOシネマズシャンテは客がたくさん並んでいたのですぐ見つかったが「レッドクリフPart?」上映館のみゆき座は少し捜して見つけた。さらに、みゆき座は指定席のため、チケット購入に時間がかかった。チケット売り場で聞くと「本編が上映して5分程経っている」とのことで「レッドクリフPart?」は諦めることにした。
 そこで上映時間がちょうど良い「グラン・トリノ」を見ることにしたのだった。銀座のシネスイッチに向かう。観客は半分ほどの入りであった。

 「グラン・トリノ」は1970年代のフォード車。フォードを勤めあげて、その車を大切にし、今は年金生活者のクリント・イーストウッド演じるウォルトは、私のような頑固ジジイである。
 妻に先立たれ、息子たちとも疎遠である。息子の1人は日本車の販売員をしていて多忙である。時間を持て余し気味のウォルトは隣に越して来た少数民族家族に冷たい視線を浴びせている。しかし、あるきっかけで、その家族の姉弟と親しくなり、2人を守ることになる。少数民族家族はラオス北部山岳民族のモン族で、インドシナ戦争当時アメリカ軍に協力したためラオス政権のもとでは暮らせなくなって移住して来たのだ。ウォルトは朝鮮戦争に従軍し、命乞いをした朝鮮軍の少年兵をスコップでなぶり殺したことがトラウマになっている。そんな彼がしだいに少数民族へ温かい目を向けて行く。姉弟が危機的な状況に陥ったときに、彼は暴力で問題を解決しようとした。しかし、このことによって新たな暴力を生んでしまう。彼は復讐に立ち上がったように見えたが、肺がんに冒されている彼はある選択をする。
 彼の自宅には常に星条旗が掲げられている。この星条旗が暴力の連鎖の虚しさを象徴しているように感じられた。
 クリント・イーストウッドはダーティハーリイでもオラウータンを使い、動物への温かい視線があったが、この映画では老犬が役者としてしっかり演技していた。
 脚本が大変良く練られていて大変良かった。ローハイド時代からクリント・イーストウッドを見て来たが、彼をこの映画で見直した。彼は実際に朝鮮戦争時に従軍した経験があるが、朝鮮半島には行っていない。現在79歳だそうだ。

 自宅には明るい内に帰った。


上野公園。


ずらっと並んだ警備車両。


視点展はoneフロアーでした。






上野公園には、警備車両はいなくなり、いつもの雰囲気。カメラ教室のようなものをやっていました。


日比谷。ゴジラの像が。


指定席なのでチケット購入に時間がかかります。


銀座に向かうと、なんと宝くじ購入に45分並ぶとか。私には理解出来ません。


数寄屋橋交番の横の像。


和光ビル別館。


和光ビルの裏手のすぐ近くがシネスイッチ。








2009.06.01 Mon l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
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