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春の畑
                  3月30日(日)

このところ晴れていても花冷えの日が続いていたが、今日の日射しは春めいている。畑に行って、花々を撮影した。


スモモの花が満開。


私の畑のロケット(ルッコラ)に花が咲いた。昨年11月に蒔いたロケットは私の畑には良く育った。先年はブロッコリーも良く育ったが、ホウレンソウは、どうも大きく育たない。畑の土の質の問題であろう。私の畑には土を買って来て、入れたりはしていない。
ロケットは、生でも食べられるが、短時間茹でると少しほろ苦い味がするおいしい。時間をおいて、食べると苦みが強くなる。
ロケットは、ギリシャ時代から利用されていたハーブの一種。


帰ってから食べたら花も生で食することが出来た。生はシャキシャキした食感だった。


スモモの花。


他の方の畑に咲いた菜の花。


モモの花が咲き出した。


オオアライセイトウの花。


他の方の畑に咲いたカラシナの花。
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2009.03.30 Mon l 発見 l COM(0) TB(0) l top ▲
春の茨城自然博物館
しなやかな空間への招待
       
竹展

                  3月28日(土)


招待券で春の茨城自然博物館へ。企画展は竹展。野外観察園は、このところの花冷えで、期待したほどの花のようすは見られなかった。中途半端な咲き方であった。花の色もあまり鮮やかではなかった。これから期待出来るのかもしれない。館内は春休みの土曜日にしては
今までになく空いていた。
野田のコメ・スタで食事し、野田ののだ遊ぼうよの会を覗いて見る。




ヤマメ。


シロクマとホッキョクギツネの剥製。
前はここにスピルリナの培養装置が展示されていたのだが。絶滅危惧種を中心としたコーナーになっていた。


企画展示室の竹展会場。




竹フィラメントを使ったエジソン電球


キッコウチク


タケの仲間は、タケ、ササ、バンブーと大きく分けられる。


タケもタネをつくり散布することもあるらしい。ただし、発芽率はたいへん低いそうだ。












タケの種類の数々。


タケの分布では日本付近は緯度の高いわりには分布している。


竹を食する動物と言えばパンダ。それ以外にも意外にいるが、やはり多くはない。


竹製品の数々。


竹そのものを加工して利用。手前は四角く木の型に嵌めて育てたもの。四角い形状になる。


竹の楽器。


竹の利用。


釣り竿。


右は縁起熊手。


和傘の骨組み。閉じると丸くなるように、骨組みは、1本の竹の形状から作り出すということを知った。


1つの傘の骨に4本の竹の骨を組んで使う。


弓道や剣道の道具に使われる竹。弓道の弓は4つの竹を組み合わせて作られている。


弓の断面。




竹を使った道具の数々。


竹細工の昆虫。


竹を使った編み目の種類の数々。


桂垣。


竹筆で書を書こうというコーナー。


竹繊維を使った衣料品。


竹を使って作ったスピーカーと木を使って作ったスピーカーの聞き比べ。










竹炭。








このように竹を使った製品の数々が展示されていた。竹は抗菌作用があり、竹繊維が強いので優れた面がいくつかあるようだが、加工が難しそうだ。


野外に出て、園内を回った。モクレンは、咲き出しがきれい。


菅沼方面。




炭焼きの催しがあった。竹炭だろうか?


貝化石の発掘コーナー。




モモの花。


コメ・スタの長多屋さんちのカルツォーネというピザ。


のだ遊ぼうよの会。


立派なケヤキ。宿り木状態で幹の間から新たなケヤキが生えている。
遊ぼうよの会のみなさんは、右手の公民館でトイレを借りているそうだ。
2009.03.29 Sun l その他 l COM(1) TB(0) l top ▲
PHOTO IMAGING EXPO 2009

                   3月26日(木)

 Nikonからのメールにて、この催しを知った。調べて見ると昔のカメラショーが他の展示会と合体し、2005年から開かれているものだそうだ。
 メールで登録すれば、入場料1000円は無料。
 東京ビッグサイトで開催。女房と行ってみることにした。
 最寄り駅は国際展示場駅。
 GR愛用の女房はリコーのブースがあることを期待していたがリコー出展なし。ここ数年出展していないようだ。
 私は世界おもしろびっくりカメラ博とレベルアップセミナー(参加費無料)に期待した。
 駅への帰り道にあるPanasonic Centerに寄って見る。


京葉線(武蔵野線からの直通)車中から富士山が。


国際展示場駅。


駅からビッグサイト方面。






ビッグサイトの大屋根の天井。


フォトイメージングエクスポ入口。


10時開場だが、すでに多くの来場者が。メールで登録しなくても、当日会場入口で登録しても無料入場出来るようだ。


Nikonのブース。隣のCanonのブースが一番ハデハデだったが、ほとんど私は覗かなかった。私には「派遣切りのCanon」というイメージが強い。


Nikonのブースにて。私はどうしてもこういうコーナーが気になる。


OLYMPUSのブース。被写体としてのスケートダンスをやっていた。


再びNikonのブース。動物写真家の作品。熊がカメラをいじっている写真はすごい。


写真家の卵たちの展示場御苗場のコーナーでは初日のせいか、展示途中のものも。


このフォトステージのコーナーでは、山岳写真家が「山岳写真ハウツーセミナー」をやっていた。興味はあったが、時間の関係でパス。


望遠鏡の展示も。ガリレオ木星観察400年の国際天文年にかけた、小さな展示。


世界おもしろびっくりカメラ博のコーナー。
射撃監査カメラだそうだ。何のために使うのだろうか。


戦争中に作られた小型カメラ。鳩に付けて空中写真を撮る。


スパイカメラのいくつか。




警察向けのカメラ。何でピストル型にする必要があるの?




このような時計型のカメラが今も販売されているとは知らなかった。




ラジオ付きカメラは最近まで販売されていたそうだ。


パノラマ・ステレオ・超広角カメラ


立体カメラ










ダゲレオタイプカメラとは銀板写真のカメラのこと。


今はこのような成金主義のカメラは流行らないね。




真ん中のオバQのカメラは記憶にある。


digital-kingという会社のブース。これはiPhoneのカメラに磁石でレンズを付けるだけで超広角の写真等を撮れるという代物。


昼は、ビッグサイト内のカレー店で食事。


ビッグサイトから東京湾側。


伊勢紙を使っての写真のプリント。伊勢紙ってあったんだ。


13時からレベルアップセミナーに参加。その前のセミナーの様子をみてもすごい人。前のセミナーが終わりそうな時に入場し、終わったらすぐ席を取った。13時の開始時間前には立ち見がたくさん出ていた。
基礎から分かるデジタル写真の撮り方テクニック。清水哲郎という若手の写真家のセミナー。基礎の基礎の話かな?と思ったら私には、けっこう専門的であった。


ピンホールカメラを使ってデジカメで撮ったもの。前の人形は後ろの車よりずっと小さいのだそうだ。


清水氏がモンゴルに持って行くカメラ機材。フィルムの時よりも圧倒的にフィルムの部分がなくなるので、かさばるものは少なくなるが、パソコンやバッテリー等を含めると、それほど全体重量は変わらないそうだ。


14時に終了。次のセミナーにも長蛇の列。


ソニーのブース。「ずいぶん仰々しく子ども達に撮影させているなあ」と思っていたら、帰宅後、サッカーのワールドカップを撮影させていることが分かった。本物を展示していたのだ。帰ってから知った。


Nikonブースにあったミニレール。D90の動画撮影試写用。


東京案内所の入口にある縁起熊手。


大塚家具の展示場等の入っている東京ファッションタウンビル。


駅近くのPanasonic Centerに向かう。入館無料。クエストフロアという科学コーナー?にあった『サイクロイド曲線を使った、落下速度の実験機』は、落下コースが4つもあって、同時に落としたボールのどのコースのボールが最初に落下したかが、何度やっても分かりづらかった。有料(大人500円)の「理数の魅力、体感ミュージアム・RiSuPia(リスーピア)」もあるようだったが、入らなかった。


初めて見学したフォトイメージングエクスポ。まだまだカメラは初心者マークの私には、理解しがたいところ(何であんなにコンパニオンがいる必要があるのだろう?)が多かったが、このようにカメラ愛好家が多いことに改めて感心した。15時前には開場を後にしたが、午前中の3倍の人、という感じであった。初日で1万人だそうだ。いろいろと新製品のレンズの紹介ブースがあったが、私は理屈が分からないとパスしてしまうところがあるので、基本的な仕組みまで説明してくれるとうれしい。コンパニオンより、丁寧な解説者がもっといて欲しいと思った。

2009.03.27 Fri l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
松戸歴教恊
旧水戸街道を歩こう
                 
                     3月25日(水)

 松戸宿周辺の旧水戸街道を探訪する企画である。昨年の春には、やはり松戸歴教恊主催で、高城氏の居城であった小金城(北小金駅周辺)を探訪する例会に参加したが、今年も参加してみた。松戸周辺を探訪する催しには随分前から、何度か参加したことがあるし、個人的にも歩いたりしたことがあるが「今回はまた違った角度で松戸周辺を見られるかな?」と思って参加した。
 しかし、昼から雨が降り出した。「小雨決行」とはあるので、行ってみることにした。

 13時に松戸駅西口集合。
 予定コース
 松戸駅西口……金町松戸関所跡……坂川……松竜寺……松戸神社……春雨橋……宝光院……善照寺……西蓮寺……平潟

 雨のためこのコースを変更。
 駅を西に5分程歩いた松戸市民劇場のロビーで、まず最初にレクチャーしてから、雨のようすを見ながら出発することになった。




松戸駅西口方面。平日で雨のためいつもより人が少ない。


西口広場。少し前にまでここにからくり時計があったが、老朽化?のため撤去されている。正面に松戸市民劇場。


市民劇場のロビーでレクチャー。


最近まであったある地方の浮橋(資料不明。相生市に2002年まであった皆勤橋ではないようだ。)。江戸川に、このような橋が江戸時代、何度か将軍の鹿狩りの度に設置されていたという参考のために。


旧水戸街道を歩くと旧道沿いに寺社が続く。市民劇場からすぐにある西蓮寺。ここから3つ寺が続く。それぞれ旧水戸街道沿いは、ビル等が立ち並び、参道は狭い。


善照寺。


宝光院。


宝光院は真言宗の寺だが、神仏分離の前の名残として菅原道真に縁の深い牛石像と梅がある。
松戸神社別当(両方を管理したようだ。このことから菅原道真との縁が出来たようなのだ)。大勝院(松戸市大谷口にある高城氏が建てた寺)末寺である。


参加者が首の無い石像多数が供養されているのに気付いて、呼び止められた。
雨が上がり出して、たまたま、玄関先に出てこられた住職の奥さんと思われる方にこの像のいわれを聞いてみた。
これらの像は、明治の頃、住職が四国八十八ヶ所を参った時に、近くの住民も同じようにお参り出来るようにと、松戸東口の斜面に、八十八体の石像を設置し、お参りのコースもあったそうだ。現在はヨーカドーやマンションで、その頃のようすは跡形もない斜面である。当時、コースの近くに金比羅様も祭られていて、その神社自体は、ヨーカドーのビルの階段の一角に残っている。ヨーカドーが建てられた後も10年程前までこれらの像は、斜面に残されていたそうだが、続々とマンションが建てられ工事関係者に打ち捨てられたりしていたものを今の住職が持ち帰り、供養しているそうだ。石自体が柔らかい石で、修復するのも難しくここに供養しているのだそうだ。首だけが意図的に欠いたのではんく、たまたま首の部分が弱いので欠けただけだそうだ。首が欠けたのは、工事関係者が乱暴に扱ったり、競輪帰りの人が投げたり、近所の子ども達が蝋石代わりに取って行って遊んだりしたためだそうだ。
 別の一角には首の残った石像が祀られていた。八十八体に、後で追加された像を加えて、91体の像があったうちの七十八?体(数えれば分かるのだが、私自身も数えなかった)が持ち帰られているとのこと。未発見の数体は、より破損が激しかったのだろう。今、寺の向かい側の一角で旧映画館(輝竜会館と言った)の場所にマンション(15階建て)が建設中で、落ち着いたら、石像を作り直し、境内に八十八の像を展示したいと考えているそうだ。
 寺にある古くからのものは?と聞くと、千葉周作の父親の墓があるそうで案内していただいた。


意外にしっかりした墓石であった。岩手出身だが、松戸で馬医者をしていて、浦山寿定という名で刻まれてあった。


浦山寿定の嫁の実家の墓。




こちらは首のそろった十数体の石像。


牛の切り絵が。


本堂全景。


江戸川土手の方面に抜ける。


カラシナがたくさん黄色い花を咲かせていた。


堤防側から松戸神社方面。10数年程前は、歩ける道はあったが、この堤防沿いの道路と、神社沿いの神社はこのように繋がっていなかった。


対岸が金町。おそらくこの方面に鹿狩りのさいに船橋がかけられていて、対岸の当たりに金町松戸関所が設けられていたようだ。


御領傍示杭があった辺り。


御領傍示杭跡の碑。




道路を隔てた向いに昔ながらの防火用水漕が。


道路が曲がった一角が角町。




松戸の昔の写真を飾った家。松戸の昔の本の宣伝も兼ねているようだ。


その家屋に貼ってあった補充兵であったことの証明書。


すぐ脇に明治の頃に造られた煉瓦作りの橋。通称レンガ橋。1904年造られた樋門(排水灌漑用の水路)で千葉県内に現存する煉瓦造りのものでは最古だそうだ。




坂川に繋がっている。






ボケの花。


伊勢丹方面に歩く。


途中にある慈眼寺跡。本堂等は焼けたそうだ。1879年頃まではあったらしい。


少しだけお堂が残っている。


松龍寺の参道。


松龍寺。


由来の書かれた石柱。
由来によると、浄土宗東漸寺(松戸根木内)末寺の松龍寺は、1615年頃創建。1650年当地に移転。当時広い境内を持ち、小金牧鹿狩では将軍の休息所になったそうだ。


このように溶岩を使った土台が、松戸市内のいくつかの神社仏閣に使われている。


境内から参道を写す。




門に飾られた葵の御紋は、将軍家に関わりのあることを示す。


この山門は江戸時代(1750年頃)からのものとのこと。松戸では唯一の江戸時代からの建物。




モクレンが咲いていた。


坂川に下りる階段。親水のためのものだが、まだまだ坂川は美しくない。


松戸神社。古くは御嶽権現と言った。伊勢神宮の式年遷宮の募金呼びかけの大看板があった。


お百度参りの百度石。


松戸神社の周りもマンション林立。


痛々しいイチョウの木に願掛けの絵馬がたくさん飾られていた。合格祈願のものが多かった。


少しは理科的な話題。数年前に科教協全国大会が新潟で開催された時に糸魚川に寄った時にヒスイ探しをしたことを思い出した。


花冷えで、境内のサクラもわずかに開花するのみ。

15時30分に境内で解散しました。

 松戸宿の頃人口は2000人ということだが、現在の松戸の市域で考えると、小金宿も含まれるし、いくつかの村も含まれるので人口は4000人ほどいたのではないだろうか。今の人口はその100倍以上の48万人だが、当時の江戸時代の日本全体の人口(3000万人といわれている)から考えると4000人の町は、当時としても、わりと大きな方だったのかもしれない。今回は、小雨のため全て見て回ることは出来なかったが、資料をいくつかいただいたので、また自転車ででも回ってみるつもりである。
 改めて認識したことは、松戸に本陣、脇本陣があったこと。金町松戸関所は江戸幕府にとっても重要な関所だったこと等である。江戸時代の金町松戸関所の位置は、今は堤防になっていて、その頃の片鱗はまったく残っていない。
2009.03.25 Wed l 活動報告 l COM(0) TB(0) l top ▲
第62回日本アンデパンダン展から二子玉川
                  3月21日(土)


 昨年からは国立新美術館で開催されるようになった日本アンデパンダン展に女房と例年のように参加した。アンデパンダン展には学生の頃に1度きり出品しただけだが、その前から継続して鑑賞者として参加している。このところ、知り合いの近所の方から招待券をいただいて見に行っている。今回は土曜日にアートフォーラム『この時代・青年の生活と創造とアンデパンダン展』という企画があり、参加したくてこの日に行くことにした。参加後に両親の健康のようすも知りたくて実家にも寄る。途中、二子玉川で下車し食事した。前に東京ミッドタウンに行った際に食事した『平田牧場』のトンカツがうまくて、ネットで確認すると二子玉川にも店があることを知り、食事することにしたのである。


いつも六本木駅から歩き、正面入口から美術館に入るが、乃木坂駅から入館する。大手町で、千代田線への乗り換えまでけっこう歩くが、いつもよりはやく着いた。アンデパンダン展自体の開場の10分前には着いた。


10時に会場。今回初出品という知り合いの薮内さんがいた。


入口で、六本木駅から来る女房と待ち合わせていたがなかなか来ないので、一度会場を出て奇妙な作品?を撮影。作品として意味があるのかなあ?それとも自然へのアイロニー?を込めているの?
後で調べたら国立新美術館企画展のアーティスト・ファイル2009に出品している私と同世代の女性作家の作品。フランスを中心に活躍されているそうだ。『光合成の木』だそうだ。ズバリ私には共感出来ない作品。「地球環境を考える」というが植物に失礼である。


また、会場に戻る。昨年亡くなった敬愛する永井潔さんの遺作コーナー。永井潔さんは劇作家・演出家の永井愛さんのお父さん。


永井潔さんの自画像。


初出品者の合評会があって、ちょうど薮内さんの作品が合評されていた。
薮内さんは昨年、船橋の中学校を退職され、久し振りに創作した作品だそうだ。


この日のアートフォーラムにパネラーで出演する増山さんの作品。


新美術館すぐ近くのスパングルという店で食事し、また美術館に戻る。この日の新美術館は、私が今まで新美術館に来た中で一番人出が少なかったように思う。来館するとモネやピカソの企画展が開催されたりしていて、ものすごい人だったが、この日は土曜日にもかかわらず静かな美術館であった。






アートフォーラム会場の講堂側からみた竹林の中庭。


ライブラリー。


増山さんの怪しげな装置。


アートフォーラム13時30分開会。増山さん怪しげな装置を身に付けて出演。


日本美術会代表の根岸さん挨拶。


100名以上の参加者か。


増山さんの装置は、ヘルメットにあるビデオカメラが彼女の胸に付けたテレビに映し出されると言うアート。これを3月29日(日)に行われる予定の六本木パフォーマンスDAYでも実演し、路上パレードを行う予定だそうだ。






会場からの発言で薮内さんも。


二子玉川。下車したのは10数年振りのような気がする。ずいぶん様変わりして、現在も駅周辺が開発中である。その10数年前の駅で、偶然、日本美術会所属でアンデパンダン展に常連で出品されていた吉井忠さんに会ったことがある。吉井さんは5年程前に亡くなった。




平田牧場のお店にて。







実家に行く前に高島屋のデバ地下を覗くと、北海道物産コーナーが。


蟹工船がこのように弁当の命名に。うーむ。まあいいか。




アートフォーラムについて
アンデパンダン展として、時代を切りとる画期的な側面を持ったフォーラムであった。

心に留まったパネラーの発言から
ご飯や家がなくても公権力に捕まらないが、服を着ないと捕まる。なぜ?という発想からファッションをアートで表現するようになった。多様性が許されず、失敗出来る場が少なくなっている。(竹内さんファッションマルチチュード作家)
継続性から出発(森下さん現代美術家・評論家・画廊共同経営)
不況がアートを蘇生する(浅尾さん作家)

他のパネラーが話した内容は
荒川さん(青年美術家)が若者の経済事情と表現
増山さん(美術家・アートライター)がモダンアート自体の可能性について 若者の打たれ弱さについて
百瀬さん(日本画家・62回展実行委員長)は、製作自体がアートであって、アンデパンダン展に出品して行くことが繋がりを生み出す。
 というようなことを話されていた。

 パネラーのアーティストは、アートで表現する立場なので、話し方自体は決して上手とは言えない。増山さんは以外の男性陣は決して饒舌な話しぶりではなかったが、増山さんの話も含めて、さまざまな示唆に富む言葉があった。
 ただ、それぞれの話がうまく噛み合わないかのように思えたのが、少し心残りであった。
 荒川さんが若者たちの行きづらさと現代アートについて、問題提起していたが、あまりその点に直接話が関わることなく、現代社会と美術、創作活動とアンデパンダン展についての話になっていたように思われた。それは、それなりに意義ある論議であるが、『青年の生活と創造』という表題から、少し離れているように思えたのだった。

 私の実体験から、アートとはアーティストが生み出すものでは決してない。例えば棚田の芸術的価値を見ると明確であろう。棚田は生活の中で結果的に創られたもので、景観とか、棚田が生み出す新たな文化的な力を意識して創られたものではない。しかし、結果として棚田の持つ文化的な力は明瞭である。棚田を生み育てた力は名もなき庶民の力である。アートと意識しないアートがそこにある。そして、その力は時代を越える力をも持っている。
 伝統的街並、職人の一連の道具類も同様である。
 私たちは、時代を越える新たなアート(あまり好きな言葉ではない、芸術という言葉も良いと思わないが)を生み出すことが出来るのであろうか。

 今回のアンデパンダン展の感想
 昨年は東京都美術館から国立新美術館に移った最初の回であったので、インスターレーションも含めてインパクトが強かったが、今回少し落ち着いた感じがした。新しい息吹が着実に芽吹き出していることが感じられた。

 今までに何度も周りのいろいろな方から薦められているが、自分もいい加減にそろそろ、創作活動に加わらないといけないなあ、とまたもや実感した1日であった。
 2009年現在の出品料1万円(1点)は安くはないが。アンデパンダン展は無審査なので確実に出品できるけれども。

2009.03.21 Sat l その他 l COM(0) TB(0) l top ▲
大恐竜展+α
                  3月19日(木)

 またもや人寄せイベントの恐竜展。毎年、首都圏のどこかで開催される『大』の付く恐竜展である。理科の関係で、また招待券が手に入ったので行ってみることにした。3月14日から6月21日まで開催だが、免許の書き替えもあったので、平日に年休を取って行くことにした。
 チラシの『日本初上陸 大恐竜展 知られざる南半球の支配者』という仰々しいコピーも、辟易して来た感じがするが、一般券1500円が無料だから『まあ、いいか』という捉え方をして出かけた。会場は上野の国立博物館。
 人の頭越しに見学するようなことはなく、見学にはほど良い来場人数であった。
 

上野公園口。土日より心持ち少ない位。春のポカポカ天気で平日でも人出は少なくない。


科博への入口は恐竜展は企画展なので、別の入口から。


D51の車輪。


この企画展は南アメリカや西アフリカ、南極大陸を構成した『ゴンドワナ大陸』で活躍?した恐竜の化石群展示が『売り』である。
入口で『パンゲア大陸』から『ゴンドワナ大陸』へ、さらに各大陸に分離移動した様子を映像が迎えてくれる。


南極大陸4000m地点で発掘されたクリオロフォサウルス。頭骨の角が特徴的。南極で発掘なんて、地球温暖化のおかげ?でしょうか。(パンゲアの時代 三畳紀 ジュラ紀)


肉食恐竜の祖先と考えられている小型の恐竜。アルゼンチンで発掘。三畳紀後期。まだ命名されていないそうだ。


ニジェールサウルス。これでも小型の竜脚類。


ニジェールサウルスの頸椎と洞椎。洞椎の横に開いている穴には空気の袋が入っていたそうだ。ニジェール産。


サンタナラプトルの生体模型。ブラジル産。


ニジェールサウルスの首の生体模型。上下の歯が左右にほぼ一直線に並び、ハーモニカよう、と表現されていた。地面付近の背丈の低い植物を食べていたのではないか、と言われている。(ゴンドワナの時代 白亜紀前期)


アンガトラマ。頭部生体模型。ブラジル産。白亜紀前期。


本展の『目玉』マプサウルス。(ここからゴンドワナ分裂の時代 白亜紀後期)
アルゼンチン産。


白亜紀中期の植物相の解説展示。ちょっと専門的過ぎて全体の展示の中で違和感があった。


マプサウルスの動画CG。


だそうです。




マプサウルスの頭骨。


マシャカリサウルス。ブラジル産。


竜脚類の赤ちゃんの皮膚痕の残る卵。アルゼンチン産。素人では見分けがつきません。展示ケースの上に拡大写真があって、それを見ると理解出来ますが。


竜脚類の脊椎骨の一つ。大きい。


ウネンラギラ。アルゼンチン産。鳥類と共通の骨学的な特徴を持っているそうです。






右下のものは竜脚類の巣。


マシャカリサウルスのしっぽの先の細さと足の骨の太さの違いに感心する。




マシャカリサウルスの頭骨。


マジュンガサウルス。マダガスカル産。白亜紀後期。クリーニング途中のもの。


ラジャサウルス。インド産。左は生体模型。目の上のツノが特徴。


タベジャラ。ブラジル産。ここから翼竜のコーナー。
ブラジルの翼竜ではもっとも小さい。鳥類と同じ角質のクチバシがあり、歯がなく、口蓋にふくらみがある。果実食と考えられるそうだ。白亜紀前期。


タランドロメウス(海の走者)の頭部生体模型。巨大な骨質のトサカを持ち、体温調節をしたと考えられる。ということは温血動物の証拠。ブラジル産。白亜紀前期。


タランドロメウス。


タランドロメウスの頭部生体模型を正面から。


アンハングエラの新種。ゴンドワナ大陸の翼竜としては最大。翼開長約7m。


アンハングエラ(大むかし悪魔)の新種の頭部生体模型。ブラジル産。白亜紀前期。魚食性。


トロペオグナトゥス(曲がったアゴ)。ブラジル産。白亜紀前期。魚食性。
絵を一心に描いている子に感心。まだ、幼児だと思うけど上手。


日本の勝山産の恐竜の化石の一部も展示もされていた。先程のタランドロメウスを逆から撮影する。


恐竜絶滅は確かに『隕石だけでは説明出来ないな』と思っていた。


上のパネルの次のパネルに「地球温暖化」への警鐘のパネルがあり、そしてこのマングローブの植林ツアーのパネル。ちゃっかり自社の社会的な活動をアピールしているな、と感心?協賛団体になっている。


体験コーナー。実物です。これだけ大きいと持って行くのは不可能ですね。




最後はしっかりお土産コーナー。大賑わいです。


このようなゲーム機も設置されていました。
再入場は出来ません。

 写真撮影はストロボなしでオッケー。ストロボ点けて携帯で撮っていた人は居たけど注意されたようすはなかった。
 こじんまりとした感じの企画展示でした。招待券なので満足度は普通。
 大陸移動説を前提(正しくはプレートテクニクス)とした展示が行われていることに時代を感じた。1970年代には考えられなかった企画展示である。
 一般社会で大陸移動説が受け入れられるようになったのは1980年代からのように私には思われる。また、鳥類は恐竜の子孫という説が頻繁に見られるようになったのは、1990年前後のように思われる。時代とともに変化する科学の動きを長く見ることが出来てきたのは幸せである。
 私自身小学生の頃、世界地図を見ていて、こことここはパズルのようにくっ付くのでは?と考え「とくにアフリカ大陸と南アメリカ大陸が合体出来そうだなあ、昔一塊の大陸だったのでは?」と考えたことがあった。中学生か高校生の頃にヴェゲナーの大陸移動説を知ってうれしくなったと同時に、彼自身は、子ども頃の疑問を実際に世界を踏破して、調査立証しようとしたヴェゲナーの姿勢に感心したのものだ。『科学者は自然現象に疑問を持っただけではなくて、それを立証検証しよう姿勢を貫くことが第一歩なのだ』ということを教えられたのだった。

 家に帰ってから気が付いたのだけど、あの大きなトサカのタランドロメウス。横風を受けたらまともに飛べなかったんじゃないかなあ。少々疑問である。


会場を出るとニラバナの花が。


「せっかくだから常設展も」と行きたいところだが,時間の関係(午後には免許書き替え)もあるし、何度も来たことのある科博。この期間だけのコーナーをサーッと覗いてみました。


ノーベル賞受賞を意識した日本の科学者紹介コーナー。(ノーベル賞受賞者のみ)


益川さん小林さんの色紙。


益川さん小林さんの論文ノート。益川さんは英語が出来ないんじゃなくて「学ぼうとしない」ということにこだわりがあるようで、論文には英語が使われています。


地球館の恐竜コーナー。


地球館宇宙コーナーにあった隕石。


アメリカから寄贈された月の石。大阪万博で見た月の石はもっと大きかったけど。日の丸の上にちょこんと置かれているのが月の石。これは分析後、しっかりカプセル化されたものです。


THATER360で8分程の上映があるので覗いてみました。私は初めてです。360°のドームです。立って見ます。「マントルと地球の変動ー驚異の地球内部」という内容ちょっと表現方法に疑問が。360°の映像は面白かったけどもっとクリアだと良いですね。


ここが旧科博の日本館。懐かしい。

長い間改装されていた工事が2年程前に全て終わったそうです。旧科博は文化財になったのでは?と気になって後で出口で聞くと、昨年の夏に指定されたそうです。『今話題になっているので気になって』と言うと案内の女性は笑っていました。


フタバスズキリュウ。


旧科博では、この入口を入ってすぐの所に恐竜の展示があったのですが、今回は上野の歴代のパンダの剥製が展示されていました。


これも懐かしいフーコーの振り子。前のものに+αで発光ダイオードを付けて、分かりやすくしたようです。




ここが最高に懐かしい、旧入口。私が最初に科博に来たのは小学校低学年だったような。
ここから出入りしたいなあ。




このクジラ少し色あせたんじゃない?むかしはもっと黒かったような気がするが。


正面から撮りました。あたまの日の丸はカットしました。


平日なのに大道芸が。


少し足を伸ばして上野公園のサクラの様子を見てみました。


1週間後は大賑わいでしょう。私はその時期に来たことも、来ようとしたこともないけど。


ソメイヨシノはまだでしたが、公園の一角の早咲きのサクラは満開でした。


多摩産木材を活用した園路舗装がここに使われていたんですね。


西洋美術館のモクレンが満開です。


考える人の脇にサクラが。


上野駅に向かいます。
2009.03.20 Fri l その他 l COM(1) TB(0) l top ▲
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